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3.最終試験の結果の要旨および担当者
(試験結果の要旨)
渡来人を主人公とする伝説は、民俗学においてこれまでほとんど研究
の蓄積がなかった これを対象に取りあげ その研究の可能性を探ったき
わめて意欲的なものということができよう この論文は 渡来人を主人公
とする日本のいくつかの地域社会における伝説を 現在 というキーワー
ドでとらえ、その実態を細かに变述する とともに、伝説をめぐるさまざ
まな人々の動きを、聞き書きのみに限らず多様な媒体とともにとらえ そ
うした状況が示唆するものをこの論文は検討する その結果として、この
論文は柳田 男とその継承者たちの論とは異なり、地域社会の動向が伝
説を新たな段階に押しあげ、成長、変転させてゆく過程を具体的に指摘
する ことに 成功してい る この論文は日本民俗学における伝説研究に新
たな 知見を 加えただけ ではなく 現代社会における民俗研究の有効性に
ついても重大な貢献をしたものといえよう。とりわけ、伝説の主人公の
有名詞に託された地域社会の歴史観とその再創造を採ることによって、
家から見るのとは異なる対外認識を抽出している点は、今後のさらな
る展開を期待することができ、優れた達成ということができる この研究
は、地域における伝承の実態を精確にとらえ 受け止めた上で 文献記録
の検討や相互比較を慎重に行いながら検討を進めるという民俗学の基本
的な姿勢を充分にふまえており、高い説得力を持っている
ただ つぎのような課題が残されている
(1)この論文を柳田 男の伝説研究にややもすると捉われすぎている
報告番号 第 1 号 氏 名 逵 志保
試験担当者
主査 愛知県立大学教授 遠山 一郎
愛知県立大学教授 大塚 英二
立歴史民俗博物館助教授 小池 淳一3
2.学位論文の審査の要旨
逵志保の博士号申請論文の審査には本大学院 際文化研究科博士後期課程担当教
授遠山一郎(主査) 大塚英二(副査)に加え 愛知県立大学学位規程第8条第3項によ
り、 立歴史民俗博物館小池淳一助教授が副査として審査に当たった
その3人による論文読み合わせののち 2005年12月22日に同じく3人が
逵志保に対する口述審査を行った。
なお 申請者は単位取得退学後3年以内での課程博士申請者であるため 外 語試
験を免除した 2
1.学位論文の内容の要旨
この研究の目的は これまでの伝説研究の中で取り上げられてこなかった渡来人伝
説を研究することによって、新たな伝説研究の可能性を見出すことにある。その方法
として 徐福渡来伝説 百済王渡来伝説 崑崙人渡来伝説などの伝承地における現地調
査を逵はおこない これらの伝説を地域の人々の視点から見直そうとする 地域の
人々の日々の暮らしのなかで、それらの伝説がどのように生かされてきたか あるい
は生かされようとしているかという地域の人々と伝説との関係を 多様な伝承主体と
いう観点からこの研究は追究する くわえて 渡来人伝説の周辺には 伝説ばかりでは
なく文字資料も見いだされる ことに徐福のばあいには かなりの量の伝えが文字に
記されている この資料の内部において 書きてと受けてとによって、徐福の伝えに変
容が加えられた跡を逵は見出す この資料のなかの変容を逵はたどり 口伝えによる
変容のみではなく 文字を通した変容を跡づけ 口承と書承との並行する関わりをこ
の研究は示そうとする
さらに 古代史研究に委ねられていた東アジアにおける交流の実態を 伝承のなか
で読み解いていくことをもこの研究は目指す 1
1.学位論文の内容の要旨
2.学位論文の審査の要旨
3.最終試験の結果の要旨および担当者
氏 名 逵 志保(つじ しほ)
学 位 の 種 類 博士( 際文化)
学 位 記 番 号 甲第1号
学位授与年月日 平成18年3月21日
学 位 論 文 題 目 渡来人伝説の研究
審 査 委 員 主査 愛知県立大学教授 遠山 一郎
愛知県立大学教授 大塚 英二
立歴史民族博物館助教授 小池 淳一5
柳田 が民俗学を打ち たてようとしていたころより 今は民俗学の研究と
して の性格 がはるかに 確かになっている 逵がみずからの伝説研究を積
極的 に進め るためには 逵自身の言葉によって伝説などの内容を定めて
ゆくことが望まれる
(2)伝説を地域の人々の現在という視点から見直すという点は重要で
あるが そのばあい、伝説認識のあり方を現在、近代 近世以前などに分
けて考え、時代ごとの認識の質の違いを考慮に入れる必要があるのでは
ないか
(3)伝説が特定の人々の意図によって作られているばあい、そうした
伝説を虚構と認識できない人々にとっては、それが史実であるかのよう
に受け止められ、誤った歴史認識が形成される恐れがある。このような
伝説の作られるところに立ち会っている研究者としての立ち場を考えて
おく必要があろう。
(4)書かれた資料と口伝えの資料との間には性格の違いがある この性
格の違いをこの論文はどのように橋渡ししようとするのか、よりこまか
な跡づけが望まれる
逵は徐福伝説に関する取り組みではよく知られた研究者であるが、大学
院博 士後期 課程に進学 後 徐福にとどまらず渡来人伝説というより広い
主題を設定し 従来の研究成果を土台としながらも さらなる調査研究を
進めてきた 逵はその成果を日本民俗学会 日本口承文芸学会、日本昔話
学会等で発表してきている 逵の研究者としての姿勢は意欲的であり、学
会内での評価も高いことを言い添える