Design and preliminary experiment of augmented classroom with digital pens and RFID tags
三浦 元喜 國藤 進
MIURA, Motoki KUNIFUJI, Susumu
北陸先端科学技術大学院大学 知識科学研究科
School of Knowledge Science, Japan Advanced Institute of Science and Technology
〔要旨〕我々がこれまで開発してきたデジタルペンを利用した教室環境は生徒の意識向上につながる可能性がある一方,これまで教師が行ってきた生徒指導活動との整合性に問題を抱えていた.本報告では,この問題を解決するため,RFID技術を利用して柔軟かつ効果的な学習支援を可能とする教室環境のデザインについて言及する.また,学内で実施した試験運用の様子についても報告する.
〔キーワード〕未来の教室,デジタルペン,RFID,PDA,Augmented Classroom
1.はじめに
無線LANをはじめとする通信技術の進歩や計算機の小型化により,ノート型PCやタブレットPC,携帯情報端末(PDA)等を授業支援や協調学習のために利用できる環境が整ってきている.Liuらは,無線LANを活用したインタラクティブ性の高い協調学習環境を構築している(Liu et al. 2002).また,堀田らはPDAを学習端末として利用し,教室と屋外,社会教育施設(水族館)の間でシームレスに活用できる学習環境を構築している(堀田ら 2005).また,タブレットPCやPDAのタッチパネルを利用し,手書きノートを交換する機能を備えた学習支援システムについても多数報告されている(Yoshino et al. 2004, Anderson et al. 2004, Kam et al, 2005).
我々は,デジタルペンを利用した手書き筆記に基づく授業支援システムAirTransNoteを構築している(Miura et al. 2004,三浦ら 2005).AirTransNoteは,生徒がプリントやノートといった通常の紙へ行った筆記を即座に教師用PCに送信することができる.そのため,教師は生徒の回答をプロジェクタに提示して説明を行ったり,またはあらかじめ登録したルールによって筆記を解析しフィードバックを返したりすることができる.デジタルペンを用いたことによって,生徒は紙への筆記という従来の授業と同様の活動によりインタラクティブ性の高い授業に参加できるため,生徒にとって負担が少ないという利点がある.
しかし,試験的な運用の結果,授業時間中に教師がPC操作を頻繁に行う必要がある場合,机間指導などの従来の指導活動に影響が出るおそれがあることがわかった.そこで,我々はRFID技術を利用してシステムの改良を行った.
本報告の構成について述べる.2章で本システムが想定する利用形態と既存システムの問題点について言及し,3章でRFID技術を利用したシステムおよび教室環境のデザインを示す.4章で試験運用の様子について報告し,最後にまとめと今後の課題と方向性について述べる.
2.本システムが想定する利用形態と,既存システムの問題点
システムAirTransNoteを利用することによるメリットの1つは,実時間で更新される生徒の回答をプロジェクタに提示して,生徒に説明を求めたり教師が解説したりする活動を円滑に進めることにある.既存システムにおいて,特定の生徒の回答を拡大表示する場合,教師は教師用PC上で動作するソフトウェアManager(図1)の左上にある生徒の席に対応した番号をクリックするか,生徒の席に対応した筆記一覧画面(図1右)の該当する生徒のパネルをクリックする必要があった.教師は生徒の筆記を教卓上のPCを操作して確認することもできるが,試験運用では机間指導により直接生徒の側で筆記を確認し指導する場面が多く観察された.このような場面において,教師が生徒の筆記をプロジェクタに投影して提示するには,机間指導を中

図1:AirTransNote Manager (筆記閲覧画面)
断し教卓まで戻る必要があり,円滑に生徒の筆記を提示できるとは言い難い場面がみられた.
3.RFID技術を利用したシステムおよび教室環境のデザイン
そこで我々は,図2左に示すような教師用リモコンを導入し,教師が教卓のPCを操作することなく自然な振る舞いで生徒の筆記を拡大することにより,生徒による説明や教師による解説を行うことができるようにした.教師用リモコンは,無線LAN機能を搭載したPDAとRFIDリーダ(OMRON V720S-HMF01)から構成されている.また,各生徒用PDAに,固有のIDを持つRFIDタグシートを追加した(図2中央).改良したシステムの全体構成図を図3に示す.
改良したシステムの具体的な使用シーンを示す.教師は教師用リモコンを持って机間指導を行い,生徒の学習状況を直接観察する.生徒の筆記をプロジェクタに投影し,生徒に説明を求める場合,教師は教師用リモコンのRFIDタグリーダを生徒用PDAの上にかざし,貼り付けられたタグを読み取る.すると,教師用リモコンはタグのIDを教師用PC上で動作するManager に送信し,Managerがタグに該当する生徒のパネルを選択状態にし,拡大して表示するため,筆記内容を他の生徒に提示することができる.
教師にとっては,PCを使って生徒の番号を選択する行為よりも,生徒の側でリモコンをかざす行為のほうが
図2:(左)教師用リモコン(RFIDリーダ)
(中央)生徒用PDA (RFIDタグシート)
(右)生徒用デジタルペンと教材プリント

図3:システム全体構成図
直感的であり,なおかつ自然である.また,番号を選択する場合に間違えて別の生徒の番号を選択するミスを避けることができる.そして,生徒にとっても,筆記が拡大提示される前に「教師が自分の机の側に立ち,リモコンでかざす」という実世界における行為を知覚することができるため,「自分の筆記が知らないうちに拡大提示されているかもしれない」という不安を軽減する効果も期待できる.
実際の教室では,ある生徒の筆記(回答)を拡大した後で,その生徒に「どうしてそのような回答になったのか」などの自分の考えについて,筆記内容に基づき説明してもらうといった活動が行われることがある.このような活動を支援するため,生徒の筆記が拡大されている状態(選択状態)において,その生徒の回答に筆記を追加すると,さらに拡大率を高め,追加した部分を強調しつつ,かつ追従して表示する機能も追加した.この機能により,拡大する領域を教師が手動で設定する手間が軽減され,「提示」「説明」「解説」といったプロセスを効果的に進めることが期待できる.
また,付加的な利点として,比較的低解像度のプロジェクタでも,筆記の詳細な内容を十分確認できるようになる. 図4は,自動的に拡大された筆記提示画面を標準的なプロジェクタが備えるXGAの解像度(1024x768)で表示した状況を示している.

図4:筆記拡大時の画面
また,RFID技術を導入したことによる付加的なメリットとして,席順や生徒番号を確定する必要がなくなったことにより,柔軟な運用が可能になったことが挙げられる.従来は生徒の筆記を拡大する操作を行うために,席順や生徒番号を管理する必要があった.しかし生徒用PDAに取り付けられたRFIDタグで管理することによって,席順や生徒番号に依存せずに,直接生徒の筆記を拡大することができるようになった.このことにより,特に生徒番号や席順が重要な場合を除き,生徒に渡すPDAの番号と生徒番号を一致させたり,席順と生徒番号の情報を対応させておいたりする必要がなくなり,運営の労力を軽減することができる.仮に授業を開始した後に筆記一覧表示を席順と対応させる必要性が生じた場合には,教師が教室内を歩きながら生徒PDAのタグを順番に読み取っていき,座席表との対応表を随時作成することも可能である.
4.試験運用
2005年4月に知識科学研究科内において本システムの試験運用授業を行った.20名の大学院生に2種類の課題(図形の比を求める幾何の問題/論理的思考力を必要とする問題)に取り組んでもらった.問題はすべて4~6個の選択肢の中からチェックボックス1つを選ぶ選択式で,正解を選択すると直ちに生徒用PDAの画面に「正解」と表示され,正解を表す効果音が再生される.


図5:試験運用の様子
それぞれ15分程度の回答時間を設けた後,リモコンにより生徒の筆記内容を提示しながら説明してもらった.
試験運用では筆者が教師役を行ったため,客観的な判断を下すことはできないが,教師の立場として,リモコンを用いて筆記を拡大する機能は大変有効に作用すると感じた.ただし,試験運用で使用した教室の机は長机であったため,指示しやすい通路側に座っている生徒の回答を偏って提示してしまう傾向があった.
5.まとめと今後の課題
一般教室における手書き筆記を中心としたコミュニケーションを支援するシステムにおいて,RFID技術を導入することにより,従来からの机間指導と親和性の高い,自然で円滑な授業活動を行える環境を提案した.今回の改良により,生徒のみならず教師も従来の活動を踏襲しながら(PCの操作を意識することなく)インタラクティブ性の高い授業を実施できるようになる.このことは,筆者らのAugmented Classroom (実世界指向技術による,計算機を意識させない一般教室の機能拡張)という考え方をさらに推し進めるものである.また生徒にとっては,自分の意見や考えを他の生徒と共有しながら,授業に主体的に参加する意識を持ちつづけることが論理的思考力を養う上でも重要になると考えられる.本システムは他の生徒の意見をなるべく多く提示することにより,多様な考え方に触れ,自分の意見との相違に気づく機会を増やすことに貢献すると考えられる.
今後の課題として,教師がリモコンで生徒の理解度や課題への回答状況を確認できる機能を追加することと,生徒が生徒用PDAの画面を使用して,他の生徒の筆記を閲覧する機能を追加し,より多くの意見に触れるきっかけを与えたいと考えている.
〔謝辞〕本研究の一部は文部科学省科学研究費補助金(課題番号 17011028)の支援によるものです.
〔参考文献〕
堀田龍也,石塚丈晴,高田浩二,石原一彦,小川雅弘,森谷和浩,森清子(2005)小学生を対象としたPDAを活用したモバイル学習環境の構築,日本科学教育学会年回論文集29,pp. 131-134.
Liu, T., Wang, H., Liang, J., Chan, T., and Yang, J. (2002) Applying Wireless Technologies to Build a Highly Interactive Learning Environment, Proceedings of IEEE Int. Workshop on Wireless and Mobile Technologies in Education, pp. 63-70.
Miura, M., Kunifuji, S., Shizuki B., and Tanaka J. (2004) Augmented Classroom: A Paper-Centric Approach for Collaborative Learning System, Proceedings of 2nd Int. Symposium on Ubiquitous Computing Systems, (LNCS 3598, pp. 104-116).
三浦元喜,國藤進,志築文太郎,田中二郎(2005)デジタルペンとPDAを利用した実世界指向インタラクティブ授業支援システム,情報処理学会論文誌 Vol. 46, No. 9, pp. 2300-2310.
Yoshino, T., and Munemori J. (2004) SEGODON: Learning Support System that can be Applied to Various Forms. E-Education Applications: Human Factors and Innovative Applications, Information Science Publishing, pp. 132-152.
Anderson R. J. and Hoyer S. A. (2004) A Study of Digital Ink in Lecture Presentation, Proceedings of CHI2004, pp. 567-574.
Kam, M., Wang J., Iles, A., Tse, E. Chiu, J., Glaser, D., Tarshish, O., and Canny, J. (2005) Livenotes: A System for Cooperative and Augmented Note-Taking in Lectures, Proceedings of CHI 2005, pp. 531-540.