Ⅰ.はじめに
―私たちが障害者雇用に興味を持った理由
「どうして障害者じゃ駄目なんだ。」
私たちがそう感じたのは職業指導所で働いていた経験があるからだ。職業指導所とは障害者の就職を支援する職業訓練校のような場所であった。ねじの袋詰め、オイルポットの組み立て、ガムの箱詰めなどを訓練していた。その作業の中で、障害者はあらゆる作業に対応する柔軟性・応用力を身につけ、また施設の指導員の指示に従って作業を的確に行うことも訓練としている。職場では、上司に対する態度も重要なことだと教えているようだった。
そこで見た光景は悲劇としか思えないようなものだった。面接を受けても受けてもなかなか採用されず、中には悲嘆にくれて崩れ落ちる障害者も目にした。競争率が異常に高いことが背景にあるらしく私がいた間に就職できたのはわずか数人だった。
彼らが決して劣っていたわけではない。訓練の結果、立派な技術や人並みの作法を身につけ、健常者と肩を並べて働けるレベルになっていた。それなのにどうしてなのだろう。私たちは深い悲しみと絶望感で涙が止まらなかった。そして、大きな疑問が生まれた。国は社会保障に力をいれているのではなかったのか。法定雇用率というものがあるのは知っていたが、いったいそれはどうなっているのだろうか。
そうだ、障害者雇用についてもっと詳しく調べてみたい。そこからこの論文は始まったのだった。
本稿を簡潔に紹介するとⅡで障害者雇用の現状を、Ⅲで時系列による実証分析、Ⅳで都道府県別の実証分析、Ⅴで政策提言を述べている。
Ⅱ.障害者雇用の現状
1.障害者雇用施策のあゆみ
(1)はじめての障害者雇用促進法
戦前から戦後にかけて一般の障害者に対する施策はほとんどなかった。戦争が終わって15年、ようやく1960年に身体障害者雇用促進法が制定されることになった。この法律によって障害者雇用における割当雇用制度、義務雇用制度が取り入れられた。官公庁の現業機関で1.4%、非現業機関で1.5%の雇用率が定められた。同様に、民間事業所の現場的事業所で1.1%、事務的事業所で1.3%と定められた。ただし、官公庁においてのみ義務雇用とし、民間事業所では努力目標とされた。根拠としては民間においても義務化されてしまうと適正な労働条件が得られなくなってしまうというものであった。そうであってもやはり、日本国憲法の勤労の権利及び義務や生存権をこの法律の基本理念にしていて、さらに国が障害者雇用に責任を持つことを明記した点において、大きな第一歩であったと言える。
この法律ではまだ知的障害者は除外され、また身体障害者といっても全ての障害者に適用されているわけではなかった。
(2)身体障害者の雇用義務化への道
高度経済成長期になって日本の労働市場は労働力不足に陥ってしまい、完全雇用を目標にした雇用対策法、そしてそれに基づいた雇用対策基本計画が始まった。障害者の雇用に関しても人手不足による雇用機会の増大による恩恵を受けた。
1973年に行われた身体障害者雇用審議会の答申において、次のことが言われた。
①障害者の就業率は全体の就業率に比べてかなり低く、就業を希望する障害者の1割が職を見つけられないでいる。
②民間企業における雇用率は目標の雇用率に迫っていたが、未達成の事業所が36%に及び、大企業ほどその割合が高い。
③比較的軽度の障害者に比べ中度、重度の障害者の就職が困難であり、未就職者が滞留化しつつある。
④就職の意欲が足りない障害者が多く見られる。事業主においても障害者を雇用すると企業経営に負担になるという先入観が強く残っている。
⑤これらの問題を打開するためには事業主に対する雇用義務の強化と雇用助成措置の拡大が必要である。
この答申が1976年の義務雇用制度を中心とした法改正の基本になった。
しかし、オイルショックを契機に経済が低成長になった。雇用対策基本計画も見直しを迫られた。当然障害者の雇用に関してもその煽りを受け厳しくなった。そこで、1975年に国は身体障害者の雇用率の低い大規模事業所の公表に踏み切った。
こうした中で企業の身体障害者の雇用義務の強化と経済的側面から裏打ちする身体障害者雇用納付金制度の創設を中心に、身体障害者雇用促進法の改正(1976年)が行われた。これによって、1.5%の法定雇用率、雇用できない場合には雇用納付金(当時3万円、現行5万円)を納入することが義務付けた。ただ、雇用納付金を払いさえすればよいわけではなく、障害者雇用が進まない場合は企業名を公表し、社会的制裁を与えるものであった。また、重度障害者は1人をもって2人と算定するダブルカウント制度を設け、重度の障害者がより働きやすい環境作りも行われた。
(3)全ての障害者のための法律へ
1976年の法律改正で日本の障害者雇用の基本はつくられた。
その後、1981年の国際障害者年や1983年から始まる国連・障害者の10年などの国際動向の変化が起こっていた。1987年の法律改正の際に身体障害者雇用促進法から障害者の雇用の促進等に関する法律に名前が改められ、全ての障害者が法の対象になった。知的障害者も雇用率制度の対象になり、雇用率に算入できるようになった。ただし、知的障害者の義務雇用制度は時期尚早と判断され今回も見送られた。知的障害者は判断の困難さ、適職の未開発、社会生活面での配慮の理由によって義務雇用を阻まれていたのであった。
(4)ノーマライゼーション社会を目指せ
1992年の法改正で重度の知的障害者にもダブルカウント制度が適用された。そして、1995年に障害者プラン―ノーマライゼーション7ヵ年戦略が策定された。この中で知的障害者の特性に応じた職域の開発、職業能力の開発、人的援助体制等の条件整備を推進するとともに知的障害者の雇用の実態を踏まえて、雇用率制度の在り方を検討すると明示された。1997年の法改正において、法定雇用率を明示されていないけれども知的障害者の義務雇用制度が成立した。そして法定雇用率が現行の1.8%(特殊法人、国、地方公共団体は2.1%、特定の教育委員会は2.0%)になった。すべての生活において障害者と健常者との壁がないノーマライゼーション社会の実現にゆっくりであるけれども歩みを止めず近づいている。
2.大企業の雇用と特例子会社制度
現在の障害者の雇用状況はどのようなものであろうか。厚生労働省の発表する「一般の民間企業における規模別障害者雇用の状況」を見てみると、企業の規模が大きくなるにつれて、法定雇用率未達成企業の割合が大きくなっていることがわかる(表1)。
その原因としては、
①採用形態が新卒者を中心とした定期採用が多い
②採用職種が限定されている
③障害者通勤地域の要望と企業の分布が一致しない
④生産性・効率性を優先し、障害者雇用はこれに逆行するという偏見
⑤他社の雇用に期待している
といった点が挙げられる。
この低い雇用率を改善する一つの方法として、特例子会社の設立がある。
1976年、「身体障害者雇用促進法」の改正により認められた特例子会社制度は、事業者が障害者に配慮した子会社を設立した場合、一定の要件のもとに子会社で雇用される障害者を親会社に雇用されているとみなして親会社の法定雇用率に算入できるという制度である。1997年にはこの要件が緩和され、現在100社以上ある特例子会社が更に増加することが期待されている。業務内容のパターンは様々あり、親会社の一事業部門としての業務内容を特例子会社が担当するケースや、親会社が外注している業務内容を受注するケース、親会社の内部・周辺サービス業務を行うケース、また、親会社へ人材を派遣するケース等もある。
ここで株式会社かんでんエルハートと株式会社スワンの2例を挙げてみよう。かんでんエルハートは、1983年12月9日の障害者の日に、就労の進んでいない知的障害者や重度身体障害者の更なる雇用促進を目指して関西電力株式会社の第3セクター方式の特例子会社として設立された。以前から障害者雇用に積極的に取り組んでいたものの、障害者が扱うことが難しい電気産業ということで雇用の限界があると思われていた。しかし、印刷業務は肢体不自由者・聴覚障害者・知的障害者、ヘルスキーパー業務では視覚障害者というように障害の種類ごとに行う仕事を決め、あらゆる障害者に適応する多彩な職場を開くことに成功した。建物・施設は玄関・車庫・食堂・事務所など車椅子に対応した造りにすることは勿論、全自動化による電化システムやナースコールスイッチが設けられたりしていて、あらゆるところまで細かく配慮されている。
この会社の利点としては、閉鎖的になりがちな障害者同士の理解や交流を促進していること、障害者を含めた従業員全員が手話を練習し、車椅子を押し、視覚障害者の介添えをするという障害者にとって社会生活を営みやすい環境であること等が挙げられている。
株式会社スワンはタカキベーカリーの協力により、平成10年6月3日にヤマト運輸全額出資のもとに障害者が働けるパン屋という事業構想により設立された。多くの特例子会社が本社の下請け業務を行う場合が多い中で、本社と一見全く違う業種で設立されたのは珍しい例だと言えよう。現在は年々支店を増やしている他、カフェをオープンしたり、大型スーパー店内への出店、365日年中無休店等次々に新しい試みに挑戦しており、近年本社の経営不振により困難を強いられている子会社が多い中で、助成金の出る特例子会社という立場に甘んじない積極的な経営は新しい特例子会社の形として注目に値する。
このように、特例子会社の設立によって、親会社は障害者用設備の集中が可能となることから経済効率を高めることができ、また障害者雇用のノウハウの蓄積を図ることができる。更に障害者にとっても自分に合った仕事ができたり、健常者との摩擦の問題から解放されたりと、安心できる環境で仕事ができる。反面、業務内容が親会社に大きく依存するため、不況等による親会社の経営状態の悪化の影響を受けること、障害者雇用が特例子会社に偏るため親会社の当事者意識が低下すること等の問題点がある。特定子会社が障害者を親会社から閉め出して1か所に集中させているという見方から、障害の有無による差のない社会を目指すノーマライゼーションの理念から逸脱しているという意見もあり、今後の在り方に検討の余地を残すものとなっている。
全企業数の4%に過ぎない大企業ではあるが、障害者雇用数は全体の45%を占めるという現状からも、大企業の努力が雇用全体にとって大きな影響を及ぼすと考えられる。
3.先行研究から得られたもの
障害者の雇用に関する先行研究を概観する。Ⅲと同様に障害者の雇用に関する新しい法律の試行の前後の関係を分析としては、Acemoglu・Angrist(2001)、茅原(2000)が挙げられる。米国では1990年6月に新しい法律であるADA(The American with Disabilities Act)が試行され始めた。
この法律は雇用者に障害者を適切に雇用することを要求し、また、雇用、解雇、賃金に関して不当に差別することを禁止したものである。雇用と同時に、この法律では教育や交通、情報などのすべての場合においての差別を禁止している。また、この法律での障害者には身体障害者や知的障害者のほかに高齢者や精神病患者などの社会生活を送るのに不自由が存在するすべての人を含んでいる点が日本の法律とは異なる。先行研究では、障害者を男性であるか、高校以上の学歴を持っているかなどの条件で分類し、雇用率や法律改定後の変化について分析している。
・女性である
・白人ではない
・年齢が高い
・教育水準が低い
上の条件を含んだ障害者ほど雇用されにくいという結果が得られた。また、ADA試行の影響は男性よりも女性に大きな影響を与えた。そして特徴的だったのは、米国のADAの試行によっては、障害者の雇用に劇的な変化は見られず、むしろその就業率は下降したことである。
ADAの試行が障害者の雇用拡大に直接的な影響を与えなかった理由としては、障害者の差別を禁止したこと。すなわち障害者枠を設け優遇する制度の廃止が挙げられる。この事実は長い目で見れば障害者が社会的に自立し、職業訓練や高等学校以上での教育を受けようとすることを促進するという利点がある。しかしその反面、能力主義になりやすく、障害者就業率を下げてしまう恐れもある。
日本では法定雇用率制度の改正も有効ではないだろうかという仮説の下に、本稿Ⅲにおいて、障害者雇用の法律の改正前後における障害者就業率の変化について分析をする。
続いて、わが国の障害者教育制度、産業構造と雇用に関する日本の先行研究としては茅原(1995)が挙げられる。障害者を隔離する「特殊教育」と呼ばれる施策は近年定着しつつある「ノーマライゼーション」の理念に反するという批判もある。現在推進されつつある、障害者が普通学校の普通教室に編入して健常者とともに学習する、いわゆる「統合教育」はその反省に立ちノーマライゼーション理念の教育現場における実践であるといえる。茅原では障害者教育制度の現状を確認し、それらが障害者雇用にいかなる影響を及ぼしているかについて回帰分析を行っている。
茅原(1996)では産業別の障害者実雇用率と高等部卒業生の進路を見ている。障害者と特定の産業の雇用率との間には何らかの関係があると考えられるからである。ここでは農林水産業(第1次産業)、製造業(第2次産業)、サービス業そして金融・保険・不動産業(第3次産業)のカテゴリーに分けてそれぞれの実雇用率を従属変数としている。
分析結果としては、製造業においてまだ無業者数の係数が負の符号をとり、これは製造業においてまだ障害者雇用の余地があることを示している。確かに、近年のファクトリー・オートメーション化は障害者雇用を創出するひとつの要因と考えることができるであろう。また、本稿Ⅲ、Ⅳの回帰分析ではこの結果を参考に、第2次産業である製造業に障害者の雇用の場が存在するのではないのではないかという仮定の下に分析を進めた。
また、どの産業においても比較的職業訓練機関や特殊訓練機関への進学・就職が重要なファクターとなっていた。この結果はⅢの回帰分析にて説明変数に取り入れた。受験戦争といわれるわが国の大学受験が障害者にとっては過酷なものであるのに対して、職業訓練校や各種学校への進学はやや増加の傾向にある。茅原の在宅勤務と障害者雇用に関する先行論文に近年増加中の在宅勤務の業務内容の一位はワープロなどでの文書・企画書作成とある。障害者にとって手に職をつけることが非常に重要であり、専門の学校でコンピューター操作を学ぶ障害者が増えつつあることにも一因があるといえるだろう。
現在では「障害者は養護学校へ」という考えが根強く、普通学校へ進学することにはいまだ障壁が多数存在する。茅原の分析にも障害者が大学の高等教育機関で学ぶ数が近年増加の傾向にあるとはいえ少なすぎることは明らかである。米国の厳しい障害者への法律制度にも顕著であるように、障害者雇用の保護的政策は一時的な就業率引き上げには結びつくが、長期的には障害者自身が学力やスキルを身につけ、社会参加していくことが必要である。そのためには大学側の受け入れ体制の整備が要求される。それと同時に障害者も健常者に負けないくらいの学力水準を持って入試に臨むことが必要であろう。
このような先行研究を参照しつつ、次章では実証分析に踏み込んでいく。
Ⅲ.時系列による実証分析
1.分析の趣旨
前章でも述べたように障害者雇用の問題が深刻化している。まずは、障害者の就職問題の原因を探るべく、何が障害者雇用を促進あるいは阻害しているのかを調べるといった目的意識を持って実証的な分析を行う。そして、障害者が働きやすい環境とはいったいどのような環境なのかということを、最終的に突き進められるような分析を行う。Ⅲにおいて時系列による分析、Ⅳにおいて都道府県別データによる分析を行った。
2.被説明変数と説明変数の設定
まず、被説明変数は、時系列データにおいては障害者の実質雇用率とし、都道府県別データによる分析においては身体障害者の就業率を都道府県別に作成した。都道府県別の障害者就業率は身体障害者手帳を参考にデータをあつめた。
説明変数は様々な側面から障害者の雇用問題を分析したいという観点により教育面では特殊学級数をとりあげた。障害者が就職するにあたって特殊な訓練を身につけることは必要であるように思われるが、残念ながら本稿ではそのような結果は得られなかった。それよりも前段階における幼少期の教育に注目してみようということにした。
企業側からも障害者雇用の問題を観察してみたいということから、障害者が主に就職する第2次産業を取り上げて産業と雇用の関係をみてみる。その中でも産業別に分析を行ってどの産業が有意に働くかといったことも観察してみたい。
また、社会福祉費など財源は、障害者を雇用するにあたっての費用や地域の活動費にあてられることが多く、立派なサポートとしてなりたっているだろうという仮説からとりいれてみることにした。社会福祉費の増加と障害者雇用率の関係はバランスがとれているのだろうか。社会福祉費は超過になっていないだろうかということも調べていきたい。
3.時系列による実証分析
(1)時系列データによる分析
ここで、時系列による実証分析を行う。データは1981年から2001年までの21年分の全国統計を用いる。時系列で分析を行うことにより、障害者雇用促進の法律改正の影響をみることができる
説明変数に特殊学級数、企業数、盲・聾・養護学校卒業者の特殊訓練を受けた人数の割合、社会福祉費をもちいた結果、自由度修正済み決定係数は0.9413であり、盲・聾・養護学校卒業者で特殊訓練を受けた人数の割合がt値において有意でなかったので、説明変数から削除し再度回帰分析を行った。その結果、自由度修正済み決定係数は0.9448になり、この推定モデルの説明力は高いと言えるようになった。表2、3にて示した。
しかし、1998年に障害者雇用の促進法が改正され、法定雇用率が1.8%に上昇したので法律改正を考慮して再分析を行う。モデルは下記のとおりである。

:被説明変数,
:説明変数,
:誤差項
:障害者就業率
:特殊学級数
:企業数
:社会福祉費
このモデルをOLSにて回帰する。実証分析の結果、モデルは次のように推定された。

その結果、自由度修正済み決定係数が0.944794になり説明変数はt検定において有意になり、帰無仮説である「
」を棄却できる。説明変数は、中小企業数と一人あたりの社会福祉費においてt検定(5%片側検定)において有意となった(自由度20のt分布の限界値は、1.725)。
(2)構造変化の検定(chowテスト)
毎年の雇用率を1998年の法律改正で構造変化の可能性が起こったか否かの検定を取り上げる。
Chowテスト:ある時期を境に、構造変化があったかどうかを調べるテスト。
帰無仮説(
):構造変化がなかった
対立仮説(
):構造変化があった
法律改正の後のデータが少ないために
(
:1998-2001の観測値
:説明変数の数)のときの検定を行う。安定性に対する検定で、前半の
個の観測値をもちいて回帰式を推定し、後半の観測値
に対する予測値を得るのに用いる。<, /SPAN>
1981-1997データにおける残差平方和 
1981-2001全体のデータにおける残差平方和 
これより、

を得る。自由度4と12のF表から、5%点は3.18であることがわかる。したがって、5%有意水準で、帰無仮説:構造変化なしという、安定性の仮説を棄却する。よって、構造変化があったことになる。
ここで、導出したモデルにおいて誤差項に不均一分散が生じていないかどうかをWhite testを用いて検定する。回帰の結果に対してWhite testを行った結果、「
:誤差項に不均一分散がない」という帰無仮説は棄却されず、このモデルにおいて不均一分散は生じていないと言える。
さらに、ダービンワトソン検定により誤差項に一次の自己相関がないかを検定する。検定の結果このモデルにおける検定統計量DW=2.085559となったので保留。
(3)分析から得られたもの
分析結果より、特殊学級が増えるにつれて障害者の雇用率も増加する。このことより、障害者が就職するには、特殊学級という障害者の程度に合わせて学習できるように「環境」を整えることの大切さをあらわしている。特殊学級は、障害者の障害の程度によってきめ細かな指導ができるという点で障害者にとって良い環境になっている。その中で障害のリハビリテーションを行うことが障害者が社会で働くために直接、必要なことを学べることになる。例えば、特殊学級数が1クラス増加すると、障害者の雇用率が0.0000190498%増加する。これは全国の就業者(2002年平均6330万人)に対しておよそ12.6人の障害者が就業できることになる。
障害者を雇用する企業の増加は0.00000864763%の障害者の就業を助けるといった予測になった。前章でも記述したように、障害者を積極的に雇用する企業には偏りがあるが、法定雇用率や特例子会社制度などの規則によって障害者が働きやすい環境が年々整いつある。そのことは障害者を雇用することによって、企業側が得られる期待効用が高まっていると示唆している。企業が多いほど働きやすい環境ができる。
社会福祉費の増加においても、若干の障害者雇用の促進になっていることがわかった。社会福祉費によって、活発化する活動は数知れない。それらの活動をサポートするといった面でも社会福祉費のような財源が重要になる。
これらのことから、就職にたどり着く前段階における、幼少期の教育面・受け入れ先の状況・財源面によって障害者雇用は左右されるということになる。また、法律改正の影響力が構造変化の検定から見ることができた。法律改正の1981-1997のデータと1997-2001のデータのOLSによる結果を比較してみると、法律改正によって、企業数や、学級数が障害者の雇用率にプラスの影響を与えた。しかし、社会福祉費においては法律改正による正の影響力はなかった。それは、社会福祉費の増加が障害者の雇用を補助するものではないということである。近年社会福祉費は増加傾向にあるが、活用方法に改善の必要がある。提言についてはⅤをごらんいただきたい。
Ⅳ.都道府県別データによる実証分析
1.被説明変数と説明変数の設定
(1)被説明変数
次に、時系列データによる分析結果を踏まえて、都道府県別データを用い、OLSにて回帰分析を行う。この分析を行うにあたり、より正確に障害者の就業者がどのくらい存在しているかを出すためにオリジナルに障害者就業者比率というものをつくり、被説明変数として設定した。

障害者就職者比率は対就職件数1000件当たりだったので1000で割っておいた。総就業者数は産業別就業者の和で求めてみた。障害者労働力人口は18歳以上の障害者手帳発行数を採用した。障害者数と障害者手帳発行数は限りなく同値であるので問題ない。
(2)説明変数
①中小企業数
Ⅱ-2で表1を用いて取り上げたように障害者の雇用において企業の規模が大きくなるにつれて、法定雇用率未達成企業の割合が大きくなっている。よって中小企業数が障害者の雇用に影響を与えているのではないかと考えてみた。
②特殊学級数
特殊学級のメリットは健常者の子どもと過ごす時間が多くなることで早く社会に適応できる可能性があるということだ。よって、特殊学級数が障害者の雇用に影響していると考えた。
③第2次産業就業者比率
先行論文で述べられているように障害者は特性上肉体労働や接客業は困難である場合が多い。そうなるとやはり農林水産業を中心とした第1次産業やサービス業を主体とした第3次産業よりも工業を主体とした第2次産業のほうが働く機会が多くなる。工場労働といっても軽作業も多く存在するので問題ないだろう。よって第2次産業就業者比率が障害者の雇用に影響を与えていると考えた。
④都道府県民一人あたりの社会福祉費
Ⅲと同様に、社会福祉費が障害者雇用・支援の立派なサポートとして成り立っているだろうかということを調べたいので採用した。
2.都道府県別データによる実証分析
(1)実証分析
実際に分析を行ってみた。分析に用いたデータは下記のものである。

:被説明変数,
:説明変数,
:誤差項
:障害者就業率
:中小企業数
:特殊学級数
:第2次産業就業者比率
:一人あたりの社会福祉費(千円)
このモデルをOLSにて回帰する。OLSの結果は表4に示す。
分析の結果、モデルは次のように推定された。

さらにこのモデルにおいてF検定を行う。帰無仮説は
である。βは各説明変数の係数である。
この場合F値は52.93102であり、有意水準5%、自由度4、42の限界値が2.53から2.61に対して十分に大きい。有意水準5%でF検定を行うと、帰無仮説
は棄却される。ゆえに説明変数全体においてもこのモデルは有効であるといえる。
White Testの結果では、有意水準5%において帰無仮説は棄却されたので、このモデルにおいて不均一分散はあるといえる。White Testを行ったが、説明力を持つ変数は変わらなかった。結果は表5で示す。
(2)分析から得られたもの
この結果から、産業構造、教育、社会福祉制度などが障害者雇用に対してどのような影響を与えるのかを考察していく。
まず、中小企業の数が多い地域ほど障害者の雇用率は上昇する傾向にある。その理由としては、大企業のほうが比較的利益優先型になりがちであることがあげられる。法定雇用率を満たしていない企業も、圧倒的に大企業のほうが多いこともこれを示唆している。また、法定雇用率が満たされなくても雇用納付金を支払うことで許されてしまう。しかし、法律の改正に伴い法定雇用率未達成企業の実名開示の体制も整いつつある。不況の風の厳しい中で、企業イメージの向上という意味でも、大企業の障害者雇用への視点は徐々に変わっていくであろうことを期待したい。
次に特殊学級数は、時系列データによる分析では正の相関がみられたが、都道府県別データの場合は相関関係が見られなくなった。よって、特定の地域に特殊学級を増やせば、その地域の障害者雇用率が上昇するということはないということがわかった。
また、産業構造としては、第2次産業において障害者がより多く雇用されている事がわかった。第2次産業の内訳は、製造業・建設業・鉱業がある。そのうちで、建設業と鉱業は肉体労働を主とするため、障害者の雇用は難しいであろう。よって産業の中でも、工場などでの労働を基本とする製造業に障害者の雇用が集中していることが予想される。障害者雇用の場として重要との結果の出た、製造業に分類される工場では、障害者雇用のためのバリアフリー化を推し進めていく必要があるだろう。また、サービス業などにおいてはまだまだ、課題が残されているといえるだろう
一人あたりの社会福祉費は障害者雇用の改善によい影響を与えられていないことがわかった。
Ⅴ.ノーマライゼーション社会を目指して
1.特殊学級についてと三者連携の必要性
以上の分析結果を踏まえた上で、本章では障害者雇用の促進を目指した政策提言を行う。
障害者雇用を教育面から見てみる。現在の日本よりも対障害者とのノーマライゼーション化が進んでいる米国においては、障害者も健常者と席を並べて普通教育で学ぶ体制がかなり整ってきているようだ。いまだに日本では障害者は養護学校へ、という考えが根強く、障害者が普通教育に進学しようとしたときの風当たりも強い。
加えて、私たちが仮定した通り、第2次産業のほうが働く機会が得やすいという結果を得た。障害者の働きやすい職種が工場やオフィスにおける軽作業や事務作業のようなものに限定されているからだ。特性上重度の肉体労働は難しいかもしれない。しかし、接客業は人間が人間である限り可能である。やはり偏見というものが大きな障壁になっているようだ。
そこで特殊学級の意義を考えてみよう。特殊学級は社会に適応するための重要なファクターになっているのは間違いない。しかし、特殊学級、一般学級の区別の中で障害者と健常者の壁、差別や偏見の原因をつくりだしている。もちろん、一度に全てをなくすことは非現実的かもしれない。まずは教育における意識の改革も必要なのではないかと思われる。健常者、障害者の枠組みを越えて、人間一人一人が全て同じ人間ではなく区別されるべき存在であるということを教育していかなければいけない。障害者が普通教育を受けることは個人の自立を促進すると同時に、社会に出る時の偏見を取り除く手助けになるかもしれない。
幼少期の教育も大切であるが、それと同じくらいスキルを身につけることが現在のこの不況下において雇用されるために必要なのではないかと考える。それを効率的に行うために企業と障害者教育に携わる者との密な情報交換が望まれる。教育者が実際に企業の工場を見学して、障害者ができる作業を企業に報告することで障害者の雇用機会が広がったというケースがある。企業の求める人材育成を早くから始められるといった利点もある。具体的な企業からの要求があれば、障害者も資格の取得などに積極的に取り組めるであろう。しかし、このような企業と障害者施設との情報交換にはやはり様々な理由(非協力的な企業の存在、他地域の企業との情報交換が困難等)により限界があると考えられるので、政府が媒体となって押し進める必要があると考える。
また、今回の分析で、障害者雇用の促進に対してよい影響を与えているという結果の出なかった社会福祉費について言及する。本来、障害者等に対しても充分使われるべき社会福祉費が、そのような結果になったということはその使い道に考えるべき部分があるといえるだろう。障害者も平等に働けるような社会を目指すという意味で私たちは障害者の就職を支援する授産施設への資金援助を続けるとともに職業訓練校、または企業での障害者受け入れに対する支援などに社会福祉費を使っていくことを提唱する。そうして、はじめは国の社会福祉費をつかって障害者がスキルアップできる環境を整えていくこと徐々に平等な社会へと近づいていくだろう。
このように、企業、障害者、障害者教育機関がそれぞれの努力することは勿論、互いに強く連携していくことが、三者にとっても社会的にも大きな役割を果たすであろう。
2.障害者が働きやすい社会づくり
次に障害者雇用を社会的側面から見てみよう。表1を見てもわかるように、法定雇用率未達成企業の割合は、大企業の方が多く改善の余地があるであろう。また、Ⅲの時系列データによる分析からもわかるように、法律改正による法定雇用率の引き上げは少なからず良い影響をあたえているようだ。障害者の中にも能力のあるものも当然多いが、健常者との競争ということになると、法律での支援なしにはやはり難しいだろう。図10の企業の障害者雇用の動機のアンケートでも「社会的責任を満たすこと」、つまり法定雇用率を満たすためという回答がもっとも多かった。法律の改正に伴い法定雇用率未達成企業の実名開示の体制も整いつつあるので、さらに社会的責任や企業イメージ向上のための雇用というものが増加していくであろう。
もちろん、はじめは法定雇用率を満たすという目的であっても、会社に雇用されてから障害者たちが能率的に仕事をこなせば社会からの見方も変わってくる。そのためにも障害者は受動的にならず、必要な技術、能力を身につけていくよう努力していくことが非常に重要であるといえる。
その他に職種だけではなく障害者が働ける場所というのがかなり限定されているという問題もある。障害者は自宅から遠くないところで自分の障害にあった仕事をしたいと考えるが、それには障害者雇用に力を入れる企業が近くに無いという距離的な問題や、企業の求める人材と一致しないという問題が存在するのである。
この問題を解決する方法として、在宅もしくは労働者の自宅に近接したオフィスにおいて仕事をするテレワークというものがある。現在東京23区においては全体の20%もの企業がテレワークを導入している。その仕事内容は、ワードによる文書作成や、データ入力、プログラミングなど通勤型の勤務形態の必要性の少ない業務である。インターネット等の通信設備を駆使し、障害者が自宅で自分に合ったペースで仕事をできるようにすれば、それは雇用の促進につながる。その為には、通信機器購入のための初期投資費を国がある程度負担する制度を作ることで企業が在宅勤務制度を取り入れやすくなるだろう。
3.最後に~アファーマティブ・アクション
現在の企業哲学においてムダというものは排除されるべきだという考え方が主流になりつつある。障害者は企業の経営効率向上の観点から言えば、非効率な存在なのかもしれない。しかし、あらゆる企業に障害者の雇用を強制することが本当に正しいのかどうかはわからない。本来は企業の理念やモラルに任せるべきなのかもしれないからだ。
アファーマティブ・アクションという言葉がある。不平等な待遇を受けてきたマイノリティに対し、教育や雇用の機会を一定の比率で優先的に取り扱うなどの方策をとることによって、形式的な機会平等よりも実質的な結果の平等をめざすための特別措置である。現在の障害者雇用施策はまさにアファーマティブ・アクションであり、健常者にとっては逆差別になっているということも理解しておかなければいけない。
将来、法定雇用率というものがなくなってしまっても健常者と障害者が不満なく働くことのできる社会こそが本当のノーマライゼーション社会かもしれない。
<参考文献>
茅原聖治(1995)『障害者の賃金・労働時間および勤続年数の現状』大阪府立大学経済研究,第41第1号,pp.77-102.
茅原聖治(1996)『障害者雇用企業の現状と費用-便益分析について』大阪府立大学経済研究,第41第2号,pp.71-92.
茅原聖治(2000)『米国の障害者雇用-人的資本理論からの一考察』大阪府立大学社会問題研究,第49第2号,pp.201-224.
Daron Acemoglu and Joshua D. Angrist(2001)Consequences of Employment Protection? The Case of the American with Disabilities Act, Journal of Political Economy, 2001, vol.109, no.5, pp.915-957.
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手塚直樹(2000)『日本の障害者雇用 その歴史・現状・課題』光生館.
手塚直樹・松井亮輔(1984)『障害者の雇用と就労』光生館
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手塚直樹(1981)『障害者福祉論』光生館.
大阪障害者支援ネットワーク、連合大阪=編(1997)『障害のある人の雇用促進と就労の安定を図るために』中央法規.
財団法人地方財政協会『平成15年版地方財政統計年報』.
厚生労働省職業安定局監修・高齢・障害者雇用支援機構編(2003)『障害者雇用ガイドブック(平成15年版)』社団法人 雇用問題研究会.
<参考URL>
総務省統計局(http://www.stat.go.jp/),
厚生労働省(http://www.mhlw.go.jp/),
財務省(http://www.mof.go.jp/),
内閣府障害者施策ホームページ(http://www8.cao.go.jp/shougai/),
独立行政法人国立特殊教育総合研究所(http://www.nise.go.jp/),
独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(http://www.jeed.or.jp/),
兵庫労働局(http://www.hyougo-roudoukyoku.go.jp/),
障害保健福祉研究情報システム(http://www.dinf.ne.jp/),
株式会社かんでんエルハート(http://www.klh.co.jp/),
株式会社スワン(http://www.swanbakery.co.jp/),