Ⅰ.はじめに
1995年1月17日未明、阪神・淡路大震災が起き、兵庫県を中心に多大な被害が発生した。特に、兵庫県の直接被害総額は公式には2兆5400億円とされるが、10兆円に近いとの推計もある。実際、震災により多くの人命を奪われただけでなく(兵庫県では、死者・行方不明者6433人)、人家や高速道路、神戸港などのあらゆる建築物が破壊され、また、水道やガス、電気といった普段、何気なく使っているライフラインもストップするなど、震災後の無残な被災地の様子が幾度と無くマスコミによって報道された。その様子は、まるで戦後の焼け野原のようであった。その上、学校の再開が遅れるなどの影響もあった。
その後、2005年までの復旧・復興を目指し、直接被害もさることながら、震災後の治安の悪化、放火等による火災等の2次的被害の影響も大きく、時間との戦いと言われた中、行政・民間の両方に様々な動きがあった。この動きの中で、注目されたものの1つにボランティア活動がある。鉄道や道路が寸断されているにも関わらず、全国各地から人が集まり復旧・復興活動に寄与した。ボランティア参加者については、特に特技・資格を持たない一般ボランティアが多く、ボランティア活動は初めてという人も多かったが、医療や建築技術、福祉など、専門技術を提供する専門ボランティアも存在した。しかし、行政側において、ボランティアの受け入れ体制やその組織化、資金面などの問題、ボランティア保険制度の導入などの対応において苦労を要する点もあった。また、緊急融資の必要性から金融面からのバック・アップ対策として、初の試みとして特定地域に日銀資金が投入されたことや、被災者に対して生活再建支援のため融資を受けられる制度(表1参照)、税・使用料の減免等などの処置が実施された。
このような努力の結果、現在では、分断された阪神高速道路も修復され、兵庫県神戸市の中心街であるJR三ノ宮駅前も綺麗に整備されている。また、推定被害額が1兆円とも言われている神戸港に関しては、懸命の港湾機能回復とサービス向上により、半年で貿易関連指標では6割回復した。しかし、一方で、市民や事業者の生活再建・復興についての意識は、震災後約4年を経ても厳しい感じ方が続いていた。1999年に神戸市、西宮市、芦屋市の3市が行った市民意識調査の結果を見ても、依然として市民生活に震災の影響が大きく残っており、生活の再建状況や復興感について市民間の格差の問題が指摘されている。また、まちの復旧・復興度合いの格差も指摘されており、再建が進まず取り残された空き地問題なども残っている。
以上のようなことから、震災後の復旧・復興には、やはり困難がつきまとうものであると同時に、行政の被災地域に対する支援等が必要であると感じた。そして、地震大国である日本では、阪神大震災後も2003年には北海道十勝沖地震が発生し、また近い将来には南海・東南海地震などが起こると予想されている。これらが発生した際、どのように復旧・復興を進めていくべきかが大きな課題になることは明らかである。この中でも、我々は、まちを破壊してしまうという地震の特徴に注目し、震災後のまちづくりの復旧・復興が非常に重要となってくるのではないかと考えた。というのは、まちが再生されることとは、住宅地域に関しては住み心地の良い住環境が整うことであり、また、商工業地域に関しては産業発展の度合いと将来性を高めることに繋がると思われるからである。このような問題意識を持ち、本稿では、阪神・淡路大震災の事例を通して、特に震災後のまち再生を迅速にすすめるための分析を行う。
なお、本稿の構成は以下の通りである。まず、Ⅱ章において、我々が「まちづくり」の完成度の指標として用いる公示地価の形成要因について探り、回帰分析を行いその妥当性の是非について述べる。そして、Ⅲ章では震災復興の経緯及びその過程における問題点を指摘し、復興における社会資本整備の重要性に則り、資本化仮説についての理論的考察を行い、Ⅳ章ではⅢ章の論的考察に基づいた実証分析を行い、まち復興・復旧において影響力を持つ要因を示し、Ⅴ章では特に都市部での震災を予期した被災地のまち復興に関する政策提言を行い、結びとした。
Ⅱ.まち復興の度合いを測る指標について
まちづくりの進み具合をどのようにはかるかについてであるが、このことを考えるために“まち”が再建することがどういう状態をいうのかについて、まず考えてみた。
“まち”には、住宅地や商業地、工業地などがあり、それぞれにおいて人々のその地域に住みたい、店舗出店を行いたい、工場を持ちたいという思いに繋がることが、その“まち”に魅力があるということではないだろうか。そのため、その地域の土地の価額が高いほど、その地域の魅力あるまちづくりが進んでいると考えられる。
このようなことから、震災後のまちづくりの度合いをはかるために、本稿では公示地価をその指標に用いることにする。これについて、本章では、公示地価についての説明とまちづくりの指標として用いる理由についてより詳しく述べ、その後、公示地価を“まち”づくりの進捗度をはかる指標として用いることが妥当であるのかを実証分析により検証した。
1. 指標としての公示地価について
公示地価とは、国土交通省が地価公示法に基づいて毎年示す1月1日時点における全国の地価のことであり、更地で通常の取引が行われた場合を前提としている。相続税評価や固定資産税評価の際の目安として、また、企業会計における資産の時価評価にも活用されており、土地の価格の客観的な目安として日本では広く認められている。公示地価の判断要素としては、生活基盤(上水道や下水道、都市ガス)の整備具合や、駅からの距離や前面道路の幅といったその土地の利便性、環境状態、そして利用用途(大きく分けて住宅地、商業地、及び工業地の3つ)、建蔽率や容積率などがあると言われている。
では魅力ある“まち”が有する要素とはどういったものだろうか。住みたい、出店を行いたい、工場の建設地にしたいという思いに繋がる条件とは何だろうか。住宅地、及び商工業地に共通したものとして、生活基盤である下水道等の整備が進んでいることや、その土地の利便性として駅からの距離が近いことや前面道路が整っていること、また環境面として公害対策が出来ている・公害がひどくないことが挙げられるだろう。特に住宅地に関しては、教育施設や医療施設が整っていることや、公共施設が充実していることが挙げられるだろう。平成10年度の建設省(現在は国土交通省)の住宅需要実態調査によると、現在住む地域の住環境への不満の項目(図1)の上位に、公共・教育設備の不足や公害の状況があげられている。このように公害が減り、公共施設の充実度が高まるほど、まちづくりがより進んでいると考えられる。そこで、実際に公示地価が以上のような“まち”づくりの進捗度をはかる指標として利用することが可能であるのか、OLS回帰による実証分析を用いて確認を行った。
2. 被説明変数及び説明変数の説明
被説明変数は、比較的兵庫県内でも震災の被害が大きかった神戸市9区、宝塚市、西宮市、芦屋市、洲本市、及び淡路島津名町における公示地価(2001年)を用いた。全サンプル数は650である。このうち、住宅地地価が533、商業地地価が78、工業地地価が39である。
つぎに説明変数としては、利便性としては前面道路幅と、最寄り駅(洲本市・津名町は最寄りバス停)からの距離に加え、その駅(バス停)から兵庫県の中心地である三ノ宮までの所要時間、そして環境面として各行政地区内1000事務所あたりの公害問題苦情件数を入れた。住宅地の環境整備の度合いとしては必要とされる、教育施設として各行政地区内の住民1000人あたりの小・中学校数、また医療施設として各行政地区内の住民1000人あたりの病院数・一般診療所数、公共施設としては各行政地区面積あたりに占める都市公園面積の割合、生活基盤の充実度として下水道、ガスダミー、また、商業地ダミー、工業地ダミーを入れた。なお、距離変数と地価が強い非線形の関係を有しているために対数変換に固定して推計を行った。
3.実証分析
ここでは先に挙げた被説明変数及び説明変数を用いてOLS回帰分析を行う。我々の想定した回帰モデルは以下の通りである。
Yi=α+β1X1i + β2X2i + β3X3i + β4X4i + β5X5i + β6X6i + β7X7i + β8D1i + β9D2i + β10D3i + β11D4i+ ε
Yi:公示地価 (log)
X1i:1000人あたりの病院・一般診療所数
X2i:1000人あたりの小・中学校数
X3i:1000事務所あたりの公害問題苦情件数
X4i:都市公園面積比
X5i:最寄り駅までの距離 (log)
X6i:三ノ宮までの時間距離
X7i:前面道路幅(log)
D1i:下水道ダミー
D2i:ガス整備ダミー
D3i:商業地ダミー
D4i:工業地ダミー
ε:誤差項
このモデルをOLSにて回帰すると以下の推計結果が得られた。(詳細な結果は表2にて示すので参照されたい)
Yi=5.824682+0.087502X1i-0.554069X2i
-0.004832X3i -0.079737X4i –0.098323X5i
-0.007673X6i + 0.132857X7i + 0.116505D1i
+0.061370D2i +0.180003D3i –0.082031D4i+ ε
自由度修正済み決定係数は0.761848となり、クロスセクションデータにおいて、上記の説明変数によるこのモデルは説明力を十分に有すると言える。これらの説明変数のうち、有意水準1%で下水道ダミー、商業地ダミー、工業地ダミー、1000人当たりの病院+一般診療所数、1000事務所当たりの公害問題苦情件数、都市公園面積比、1000人当たりの小中学校数、前面道路幅、最寄駅まで距離、三ノ宮までの時間距離が、有意水準5%でガスダミーが得られた。なお、分析結果は表:3-2に示すので参照されたい。
さらにこのモデルにおいてF検定を行う。帰無仮説は
「H0: β1 = β2 = β3 = β4 = β5 = β6 = β7 = β8 = β9 = β10 = β11 =0」で対立仮説は「
:
でない」
である。この場合におけるF値は50245.97となり、自由度10、650のF分布5%臨界値1.803372に対して十分大きく、帰無仮説
は棄却され、説明変数全体においてもこのモデルは説明力を有していると考えられる。F検定の結果は表:3-3に示すので参照されたい。
また、ここまでの回帰モデルは誤差項の分散は均一的であるという仮定の成立の下で行ってきたため、実際に想定したモデルの誤差項に不均一分散が生じていないかをWhite Testにより検定する。帰無仮説は「
:誤差項に不均一分散は生じていない」で対立仮説は「
:誤差項に不均一分散が生じている」である。White Testの結果、White Test統計量が4.942111となり、
分布の自由度68の5%臨界値が88.25017より、帰無仮説は棄却され、このモデルの誤差項に不均一分散が生じていると考えられる。よって、white修正を行い、不均一分散による問題を解決した。以上より、我々の行った回帰分析は有効である。なお、検定の結果は表:3-4に示すので参照されたい。
4.分析結果の考察
t検定によると、ガス整備ダミーをのぞいてはどの説明変数の係数も有意に出た。また我々が予想していたものとは異なった結果が出たものは、都市公園面積比と小・中学校数である。都市公園面積比の係数(パラメーター)は-0.07974と地価と負の相関を持つものであった。これは地価が高い芦屋市内において、都市公園が少ないといった特殊な事例を加味していることがあげられる。また小・中学校数の係数(パラメーター)も同じく-0.55407と地価と負の相関であったが、これに関しても比較的地価の高さの目立つ芦屋市内に小・中学校が少ないという実状が大きく関与していると予想される。また兵庫県でもっとも栄えている中心地三ノ宮(三宮)までの係数(パラメーター)が、-0.007673と我々の予想以上に小さかった。我々の予想どおり負の相関があり、三ノ宮から近ければ近いほど地価は上がるのだが、係数(パラメーター)が極端に小さいということは、地価に与える影響がほとんど皆無であるといえる。
またガス整備ダミーと下水道整備ダミーの係数(パラメーター)を比較したところ、下水道ダミーの値0.116505が、ガス整備ダミーの値0.06137の2倍近い値を示しており、“まち”を完成させる要素として、ガスに比べ下水道の方が極めて重要性が高いと予想される。また商業地ダミーの係数(パラメーター)が正の値を示し、地価と正の相関を持つのに対し、工業地ダミーの係数(パラメーター)が負の値を示し、地価と負の相関をもっているという結果が出た。商業地は、人が多く集まる場所が大半であり、またそこから多くのビジネスチャンスが潜在しているという事から利便性が高いことが言えるだろうし、逆に工業地であることは地価(まちの完成度・魅力)にとってデメリットになるということが言える。なぜなら工業地は、近年は企業が環境対策を積極的に行っているが、排気ガス・排気物質・騒音などが実際排出され近隣地域に迷惑をかけている地域が多く、そうでなくとも工業地は公害のイメージと切り離せないからである。
Ⅲ.理論的考察
~震災復興事業における社会資本整備の重要性~
Ⅱ章では、土地の価格を表す公示地価というものが土地の集合体としての“まち”の完成度を表す一つの指標として用いる事が妥当であると考えられた。これを踏まえ、公示地価の増減によって“まち”の完成度が決定されるものであると考え、震災によって被害を受けた“まち”が復興していく過程に当たっての完成度を測定し、どのような要因が“まち”の完成度の高低に影響を及ぼしているのかを以下で考察していくことにする。そこでまず、震災復興事業の現状について整理し、その問題点について述べる事とする。
1. 震災復興の経緯
まず、実際に震災の前後で被災地の公示地価にどのような変化があったのかについて、特に被害の大きかった震度6,7の地域において震災前から震災後、復興期間における地価の推移について以下の2つを調べてみた。
(1)震災直前(1995年1月1日)と震災後1年目(1996年1月1日)との比較
まず、被災地の公示地価の下落については、図:2-1のようになっている。また、この変化は被災地ではない他の地域(横浜市、広島市)の下落をみると図:2-3,3のようになる。各地域から住宅地30ポイント、商工業地10ポイントをランダムサンプリングした結果を示したが、被災地のみの住宅地が地域によってではあるが10%を超える下落をしている事が読み取れた。商工業地については近年の全国的な下落幅が大きいことから大きな差は見受けられなかったが、抽出したポイントの内7割が10%を超える下落をしていることが分かった。
なお、被災地ではない他の地域の選定にあたっては被災地である兵庫県・神戸市等の経済的な要素、地理的な要素等を考慮し、類似性のある地域として、神奈川県・広島県を選定した。
(2)1995年から2000年までの公示地価の変化
次に、震災後、被災地の公示地価、及び被災地ではない地域(横浜市・広島市)がどのような変化を図:3に示すこととする。
震災復興の現状に関して、被災者の生活復興を支えるという観点に立ち、①インフラ、②住宅、③産業に分類して復興状況を整理することとする
①インフラ復旧整備について
被災地における交通、通信、ライフライン等の都市インフラ整備の復旧には目を見張るものがあった。電気、ガス、水道、下水道、電話の各ライフラインの立ち上がりは早く、震災後3ヶ月ですべて復旧した。港湾施設については、1997年3月末に全面復旧し、同年5月19日、復興宣言を行い世界にその姿をアピールした。2年を待たずして、高速道路もすべて復旧し、公共交通機関も含め、陸路、海上輸送路とも交通網は完全に復旧した。
こうしたインフラ整備に係る国・公団・県・神戸市等の平成9年度までの予算を集計した結果、全体計画5兆7,000億円に対し、約5兆8,700億円が3カ年で予算措置され、全体事業費ベースにおいて緊急インフラ整備3カ年計画の目標は達成されたことになる。なお、各年度における復旧及び復興に関する実績値については表:2-1を参照されたい。
②住宅復興について
平成9年度(1997年)末における政府による公的住宅の計画達成状況は、計画戸数80,500戸に対して約9割に当たる72,000戸の発注を終えており、このほかに計画外の公団・公社賃貸住宅の震災後の空き家約8,200戸を被災者向けに募集済みである。これに発注予定の約1,200戸を加えると、被災者への供給戸数は81,400戸となり、計画戸数を上回っている。
民間住宅の再建についても、新設住宅着工統計によれば、被災以後1998年3月までに219,569戸の民間住宅が着工済で、このうち約88,000戸が民間復興住宅と推計されるので、計画戸数44,500戸を大幅に上回っており、これらを合わせると、「ひょうご住宅復興3カ年計画」の全体計画戸数125,000戸に対して約169,000戸の実績(建築確認申請済)となっている。なお住宅供給見込戸数内訳については表:2-2を参照されたい。
③産業復興について
産業については、製造業の大企業においては、一部の工場の閉鎖あるいは神戸市街への転出はあったものの、被災企業の努力と相まって、鉄鋼、造船、食品関係、重電、ゴム製品等ほとんどの分野で震災前の操業水準を回復した。産業復興3カ年計画についてその達成度をみると、兵庫県が純生産ベースで推計した産業復興指数(建設業をのぞく)によれば、震災前の94年を100として、97年度には100.2と回復し、被災地の産業活動の水準は、全体として震災前の水準に復帰し、所期の目的は達成された。
しかし、一部の地場産業や商業・サービス業等に震災の影響が強く残るなど、業種による差のほか、企業規模による差、地域による差が見られ、併せて全国的な景気動向の影響が強まっており、依然として厳しい状況が続いている。なお産業に関して生産面を中心とした具体的な主要指標による復興状況については表:2-3を参照されたい。
2.復興中における被災地の経済状態について
以上、①インフラ、②住宅、③産業に分類して復興状況を整理してきたが、震災直後の被災地経済は、インフラの倒壊、ライフラインの途絶、3年後に確定された6,430名に上る犠牲者、436,416戸に上る倒壊建物(全壊・半壊・一部破損の合計)をはじめとして推定10兆円にのぼる経済的被害などのため、平時の市場経済が機能的に麻痺した。それに代わって被災地の衣食住、緊急医療など基本的な生活を守ったのは、150万人にのぼるボランティアや救援物資、1,700億円に達した義援金に象徴される無償の贈与経済であった。
こうした被災地経済の復興が進むにつれて、都市経済の被災の本質が明らかになった。都市は第3次産業を中心とする高度な相互依存関係の上に成り立っている。もともと都市が都市として成立するためには、産業活動の集積→雇用機会の増大→人口の移入→地域需要の増加→産業活動の集積、という好循環が繰り返されなければならない。その循環が都市の集積過程を形成している。ところが、震災は産業活動への被害及び多くの人命の犠牲に始まり多くの人口移出を促したことで、この好循環を逆転させた。したがって都市経済の復興のためには、再びこの悪循環を、好循環の軌道に乗るまで支援する事が急務とされた。それは、都市を再生させることと同義であり、都市経済の復興とは結局、都市の集積を短期間で実現することに類似したものと考えられる。
3.震災復興上の問題点
こうした復興の現状の中、様々な問題点が被災地地域の自治体、研究者等から挙げられている。これらの問題点の多くは政府の復興政策が被災者不在のマクロ的な経済的支援にとどまっており、被災者一人一人の立場に立ったミクロ的な支援が行われていないという指摘である。政府としても復興計画の中に計画推進上の課題として、住民主体によるまちづくりとして、「住宅の再建や復興は、被災者の気持ちを大切にしながら進めなければならない」と謳ってはいるものの実状は政府の召集した学識経験者のみの談合により計画が作成・実行に移され、社会資本整備等の公共投資に重点を置く中に被災者の参加する余地が無いと言える。こうした政府の復興計画に関する問題点を踏まえ、我々は阪神・淡路大震災を事例に以下の3つの問題点を挙げる。
すなわち、それは①災害復旧事業費等の公共投資の配分や税の優遇措置等の行財政的問題、②都市型大地震ということから震災による都市機能麻痺への早急的な対処、③震災に対する防災措置である。これらの問題への対応策は、今後予期されている東海地震が阪神・淡路大震災と比較すると人的被害(死者、重・軽傷者)は約2.2倍の約11万人、物的被害は約1.9倍の約49万棟に達すると予想されている事を考慮すると復興における大変重要な示唆となると考えられる。従ってこれらの問題点を念頭に置いた上で、我々は復興事業により“まち”の完成度を高める、効率的な政策とはいかなるものかを考えていくことにする。
4.理論的考察
ⅰ)資本化仮説(Capital hypothesis)とは
ここで、震災復興においてたいへん重要な支援策である災害復旧事業投資を含めた公共投資について資本化仮説を取り上げ、理論的な考察を行うものとする。
政府の行う社会資本整備の効率性の事後評価として、個別の公共投資について費用-便益分析を行うことがまず挙げられる。都市復興事業に類似したものとして、政府主導の都市再開発プロジェクトを例にすると、費用としては取り壊される建物の価値・新しい建物の建設費・古い建物などの修理改善費等があり、便益としては新たに建設される建物の価値・修理改善される建物の価値上昇分・周辺地域の建物や環境の価値上昇分等があり、こうした外部便益までを考慮して費用便益分析を行い、客観的に政府の行った公共投資の効率性及び、どれだけの社会的便益が当該投資によって生まれたかを測定することができる。そして、この公共投資によって整備された社会資本がもたらす社会的便益について、どのような分野の社会資本がどれだけの便益をもたらすかを比較することのできる共通の評価基準の一つとして資本化仮説に基づく評価方法がある。これは、生活していく上での社会的・経済的・行政的環境の改善や、利便性及び生産性等の向上が地価の上昇となって表れると仮定する資本化仮説を利用して社会資本整備の便益を評価しようというものである。
ⅱ)資本化モデルの構築
ここでは、資本化仮説に基づくBrueckner(1979,1982)のモデルを拡張し、新たな一般均衡モデルを構築し、社会資本整備による便益が地価の上昇に帰着に反映されること示し、地価に反映した公共投資の純便益を導出する。
なおモデルに導入する公共投資は生活基盤型で他の地域への相互依存関係を生じさせるスピルオーバー効果を有しない公共財であるとする。
まず、家計は同質である地域(i地域)に
人だけ存在し、私的財
、居住用の土地
(居住サービス)、公共財
から効用を得るものとする。居住サービスは土地の面積として効用関数に入るものとしており、効用関数は以下のようになる。
(1)
また、家計は固定的に労働を1単位供給し、賃金
を受け取るものとし、得られた賃金から一括固定税
を差し引いたものが可処分所得である。これを私的財の購入と土地の賃貸に充てるとすると、個人の予算制約は以下のように表される。
(2)
ここで、rは土地一単位当たりの地代を表す。また、私的財
の価格は1とする。すると各個人の効用最大化問題は以下の通り表される。
(3)
s.t. 
(4)
この最大化問題の解は、私的財
及び土地
の需要関数として以下の通り表される。
(5)
(6)
それぞれの需要関数は価格と可処分所得だけでなく公共財
からも影響を受けることが分かる。次に一括固定税
を徴収し、それを用いて公共財
の供給に充てるものとすると、各政府の予算式は以下の通り表される。
(7)
このとき、1単位の私的財消費を犠牲にして、1単位の公共財が供給されるため、公共財の限界費用は1であると想定している。
さらに、その地区(i地区)に代表的な企業が存在するものとし、要素価格
とrを与件として。労働
及び土地
を用いて、私的財
を生産するものとする。このとき企業の利潤の最大化問題は以下の通り表される。
(8)
ここで、F(…)は一次同次の生産関数とする。利潤最大化の条件は、
(9)
と表される。
最後にそれぞれの市場の均衡を考察すると、
(10)
(11)
(12)
(10)式は労働市場、(11)式は土地賃貸市場、(12)式は財市場の市場均衡を表している。なお
はその地区の総人口、
は土地の総供給量である。人口
、土地
、公共財
を与件として、(5)式、(6)式、(7)式、(9)式、(10)式、(11) 式、(12)式を満たす私的財
、居住用の土地
、生産に用いられる土地
、労働者数
、賃金
、地代r、効用
が求められ、短期的に人口
の変化もないと考えられるからこれらは、人口
、土地
、公共財
の関数として表される。
ここで、上記のモデルをもとに、社会資本整備により地価に反映した公共投資の純便益を導出する。なお、地域iの添え字は省略する。
まず私的財x及び土地
の需要関数(5)(6)式から、地代rを消去し、私的財需要を書き換えると、
(13)
と表すことができる。この式はr、w、Gを与件として効用最大化条件を満たすことが分かる。さらに、各個人の土地に対する総支払い地代Rは、予算制約式(2)と私的財需要(13)式を用いて以下のように表すことができる。
(14)
市場は競争的であるから、土地賃貸市場における裁定条件により、土地資産の価値額Pと各個人の地代の総支払額Rは次の条件を満たすことが分かる。
(15)
は割引率で、すべての地域で同一であると仮定する。この式は、競争市場においては、地価が地代流列の現在割引価値に等しくなることを表している。nがその地域の住民数であるから、この地域全体の土地資産の総価値額Vは(15)式を用いて、
(16)
と表すことができる。この式は、この地域全体の土地の資産の総価値額Vがw-T、
、G、n、
に依存して決定されることを表している。政府の予算制約式(7)式を(16)式に代入すると、(16)式の土地資産の総価値額Vは次のように改められる。

すなわち、公共財Gが私的財の需要Xと可処分所得(w-T)への影響とを通して、最終的に土地資産の総価値額Vに影響する事を意味している。公共財Gの増加は、その便益が土地に帰着する事によって土地資産の総価値額Vを高めるように作用する。一方で、政府の予算式を通して家計の租税負担を高めれば、租税負担の増加は。可処分所得を減少させ、その結果土地の需要を減少させるために土地資産の総価値額Vを低めるように作用することになる。
ⅲ)震災復興事業における社会資本整備の重要性
ⅱ)において、資本化仮説から公共投資により得られる便益が地価の上昇となって表れることが示された。本稿で取り上げる阪神・淡路大震災の復興について考察すると、当該震災により、神戸市を中心として広範囲に建物の火災、倒壊、及びライフラインの断絶、多くの人命の死を被った。この災害の規模はまさに戦争を思い浮かばせるものであり、その復興については戦後復興に少なからず類似した、大変時間を要する復興となり、震災後9年目となる今もなお復興事業が行われている。こうした現状を踏まえ、阪神・淡路大震災の復興においては災害復旧事業を含めた公共投資が大変重要なものとなるものと捉え、地価に大きな影響を与えるのではないかと考えた。
Ⅳ.実証分析
~震災復興における“まち”の完成度へ影響を与える要因の分析~
1.分析データ及びその手法と被説明変数及び説明変数
(1)分析データ及びその手法
震災復興に影響を与える要因としては様々なものが考えられるが、我々は前章の理論を踏まえた上で、より広範囲な視点から復興に影響を与える要因を探ることにする。
我々が分析の対象とする地域は阪神・淡路大震災におおいて震度6又は7が観測された地域である、神戸市の9区(東灘区、灘区、中央区、兵庫区、北区、長田区、須磨区、垂水区、西区)、西宮市、芦屋市、宝塚市、洲本市及び、津名町である。これらの地域について“まち”の完成度を表す公示地価をもとに“まち”の復興度合いを示す関数をOLS回帰分析により推計する。
各データはこれらの地域のうち、国土交通省土地・水資源局土地情報課発表による公示地価を使用し、全サンプル数は649である。このうち、住宅地地価が533、商工業地地価が116である。以下に分析で用いる、被説明変数及び、説明変数を示し、その選定理由、被説明変数と説明変数との関連性について述べることにする。
被説明変数:
2000年の公示地価/1995年の公示地価*
(*公示地価は毎年1月1日発表であり、1995年の公示地価は阪神・淡路大震災(1995年1月17日)の直前の地価となる。)
説明変数:
公共投資割合【1995年から2000年までの歳出合計における普通建設事業費+災害復旧事業費の割合(%)】 … (ⅰ)
地方税割合【1995年から2000年までの歳入合計における地方税の割合(%)】 … (ⅱ)
高齢化比率 (1995年) … (ⅲ)
人口密度 (1994年) … (ⅳ)
全国消費者物価指数に対する市町別消費者物価指数比 (1995年) … (ⅴ)
倒壊比率(倒壊戸数/世帯数) … (ⅵ)
人口1人当たりの刑法認知件数 (1995年) …(ⅶ)
人口1人当たりの消防団員数 (1995年) …(ⅷ)
商業地ダミー・工業地ダミー … (ⅸ)
(2)被説明変数の説明
まず、被説明変数について、震災による復興の度合いを測るため、我々は5年間という復興期間を想定し、震災直前の公示地価(1995年)で震災から5年後の公示地価(2000年)を割った値を用いた。これは1995年における各地域の“まち”の完成度を1とし、震災被害を受け5年後の2000年にはどれだけの地価下落を伴っているかを判断するためである。これは、日本全国的に地価の下落はバブル崩壊後続いているのが現状であるが、被災地の地価下落が1995年から1996年において、震災を受けた事により他の地域よりも大きいものであり、その地価下落のスピードを社会資本整備等の復興事業によりどれだけ喰い止めるかが大きな命題となることを前提として捉えている。なお、1995年から1996年の地価下落率について被災地及び非被災地(神奈川県、広島県を選択)との比較を表:2-1で示しているので参照されたい。
地価の全国的な動向をみると経済の成長に反して下落している観が否めない点があるが、これは土地というものが一般の消費財とは異なる性質を有することで経済的な要因以外の様々な要因が絡まった理由で下落している。我々はこの点を踏まえ、単に地価の上昇が“まち”の完成度の上昇と捉えるのではなく、こうした下落傾向の中でいかにその下落を抑えているかという点に目を向け“まち”としての完成への進行、すなわち復興度合いを測定するものとした。公示地価はそうした変化を捉えるための指標として用いることに留意している。
(3)説明変数の説明
説明変数についてより広範囲な視点から復興に影響を与える要因を探るという事から、行財政的要因・社会的要因・経済的要因・防災環境的要因の4つに分類して、震災復興へ与える影響を考慮した上での選定理由について述べていくことにする。なおデータ年度については震災直前のデータを採用し、欠落している場合は直近のデータを用いた。
・行財政的要因
(ⅰ)の「公共投資割合【1995年から2000年までの歳出合計における普通建設事業費+災害復旧事業費の割合(%)】」及び(ⅱ)の「地方税割合【1995年から2000年までの歳入合計における地方税の割合(%)】」については政府の行う復興政策の根幹であり、またⅢ章で紹介した資本化仮説からも考察されたとおり社会資本整備の有する地価への影響力を考慮すると、やはりこの公共事業投資の配分が震災復興への重要な要素と捉えられものであると判断した。
・社会的要因
(ⅲ)の「高齢化比率(1995年)」及び(ⅳ)の「人口密度(1994年)」については社会的な状況の違いが震災復興に対して大きく影響し、場合によっては復興政策自体の変更をも示唆するものとなるのではないかと考えた。とりわけ、本稿の取り上げた阪神・淡路大震災は都市型大震災であった事もあり、都市部でも震災と都市化の進んでいない地域での震災の被害の違いを調べるために人口密度を選定した。また、高齢化時代において高齢者の多い地域での被害が問題となる。これは過疎化の地域での震災についても言えることであり、高齢化比率の高い地域での防災対策が必要となるのではないかと捉え、両者は震災復興の地域ごとの社会的要素による影響力を加味して選定した。
・経済的要因
(ⅴ)の「全国消費者物価指数に対する市町別消費者物価指数比(1995年)」については、分析対象となった市町別の消費者物価指数を全国消費者物価指数と比較し、割った値を用いることで、全国的な経済的成長からみた分析対象地の経済的成長力が復興に対してどのような影響力を持っているのかを調べることを趣旨とした。また、地価というものが経済的な指標に影響されることが明らかであることから選定した。
・防災環境的要因
(ⅵ)の「倒壊比率(倒壊戸数/世帯数)」については、倒壊比率の高い地域の復興は遅れるものであるのかどうかを検証し、今後の住宅の建築規制・耐震建物の普及等の防災対策への提言に繋がるものかを調べるために選定した。(ⅶ)の「人口1人当たりの刑法認知件数(1995年)」及び(ⅷ)の「人口1人当たりの消防団員数(1995年)」については震災が起こった際における社会秩序の乱れによる犯罪や放火をはじめとする火災が復興にどれだけ阻害するものなのかを測り、その解決策を探る事を目的として選定した。
なお(ⅸ)のダミー変数については住宅地と商業地及び工業地とでは地価の形成要因が大きく異なり、住宅地とは異なる価格推移をするためダミー変数を置いた。
2.実証分析
ここでは先に挙げた被説明変数及び説明変数を用いてOLS回帰分析を行う。我々の想定した回帰モデルは以下の通りである。
Yi=α+β1X1i + β2X2i + β3X3i + β4X4i + β5X5i + β6X6i + β7X7i + β8 X8i + β9D1i + β10D2i + ε
Y:被説明変数
:説明変数 D:ダミー変数
:誤差項
Yi:地価下落比(2000年公示地価/1995年公示地価)
:公共投資割合【1995年から2000年までの歳出合計における普通建設事業費+災害復旧事業費の割合(%)】
:地方税割合【1995年から2000年までの歳入合計における地方税の割合(%)】
:高齢化比率(1995年)
:人口密度(1994年)
:全国消費者物価指数に対する市町別消費者物価指数比(1995年)
:倒壊比率(倒壊戸数/世帯数)
:人口1人当たりの刑法認知件数(1995年)
:人口1人当たりの消防団員数(1995年)
:商業地ダミー
:工業地ダミー
このモデルをOLSにて回帰すると以下の推計結果が得られた。(詳細な結果は表4にて示すので参照されたい)
Yi = 26.58678 + 0.021446X1i + 0.003736X2i
- 0.004960X3i + 0.000015X4i -25.19226X5i
-0.0064719805X6i –0.057888X7i + 0.004398X8i
- 0.171597D1i - 0.019100β10D2i + ε
自由度修正済み決定係数は0.68838652となり、クロスセクションデータにおいて、上記の説明変数によるこのモデルは説明力を十分に有すると言える。これらの説明変数のうち、有意水準1%で公共投資割合(1995年から2000年)、人口密度(1994年) 、全国消費者物価指数に対する市町別消費者物価指数比(1995年)、倒壊比率(倒壊戸数/世帯数)、人口1人当たりの刑法認知件数(1995年)、商業地ダミー、5%有意水準で高齢化比率(1995年)が得られた。なお、分析結果は表:4-2に示すので参照されたい。
さらにこのモデルにおいてF検定を行う。帰無仮説は
「H0: β1 = β2 = β3 = β4 = β5 = β6 = β7 = β8 = β9 = β10 =0」 で対立仮説は「
:
でない」
である。この場合におけるF値は2221.608となり、自由度10、649のF分布5%臨界値1.845279に対して十分大きく、帰無仮説
は棄却され、説明変数全体においてもこのモデルは説明力を有していると考えられる。F検定の結果は表:4-3に示すので参照されたい。
また、ここまでの回帰モデルは誤差項の分散は均一的であるという仮定の成立の下で行ってきたため、実際に想定したモデルの誤差項に不均一分散が生じていないかをWhite Testにより検定する。帰無仮説は「
:誤差項に不均一分散は生じていない」で対立仮説は「
:誤差項に不均一分散が生じている」である。White Testの結果、White Test統計量が2.780836となり、
分布の自由度29の5%臨界値が42.55695より、帰無仮説は棄却され、このモデルの誤差項に不均一分散が生じていると考えられる。よって、white修正を行い、不均一分散による問題を解決した。以上より、我々の行った回帰分析は有効である。なお、white検定の結果は表:4-4に示すので参照されたい。
3.分析結果の考察
以上の分析結果から、震災復興に対して影響を与える要因についてのそれぞれ詳細な考察を行う。
(1)行財政的要因
公共投資割合について、公共投資割合が増加すると地価下落が抑えられている。これは、我々がⅢ章で紹介した資本化仮説に基づいた結果といってよいであろう。すなわち、公共投資による社会資本整備が“まち”の完成度を高め、その結果、人々が生活していく“まち”の社会的・経済的・行政的環境の改善や、利便性及び生産性等の向上が地価の上昇となって表れているということである。地方税割合については、被災した県の歳入のうち地方税の割合を高めることが地価下落を抑える結果となったが、これは地方税割合の高い地域での復興がより順調に進んでいるものとされる。その背景としては交付税・国庫支出金等の国からの資金ではなく、被災を受けた市町民が納めた税金の使い道がはっきりと市町民に公開され、責任を持って効率的な再配分が行われているからではないかと考えられる。ただし、一方的に地方税割合を上げることが復興支援の効率化に繋がるとは言えないであろう。また、この地方税割合に関しては10%有意水準でも有意な結果は得られず、復興過程における影響力は強くないと考えられる。
(2)社会的要因
まず高齢化比率について、高齢化比率が1%上昇すると地価下落が0.00496倍進むという結果から高齢化が進んでいる地域ほど地価下落が大きいことが伺える。人口密度については人口密度が1(人/平方キロメートル)上がると地価下落が0.0000152倍進むという結果から人口密度高い程、地価下落が大きい傾向にあり、今回調査した地域での人口密度の最高値の地域(長田区)と最低値の地域(津名町)での地価下落の差は0.1671倍もの開きがあることが分かった。これは都市型地震とされる阪神・淡路大震災の被災地域の中でも都市化の進んだ地域と進んでいない地域とでの地価下落の違いが表われたと言ってよいであろう。これは人口の密集した都市程込み入ったインフラや公共施設等の被害が大きいために地価を形成していた社会資本の滅失による地価下落が大きいと考えられる。これも間接的にではあるが先に述べた資本化仮説に従った結果と言える。
(3)経済的要因
全国消費者物価指数に対する市町別消費者物価指数比についてであるがこの比率が1%上がると地価下落が0.2519226倍進むこという結果が出た。これは我々が想定していた結果と異なり、一般経済法則に従わないものと察せられるが、先に述べたとおり土地は他の一般諸財と異なり個別性、用途の多様性等の強い財であるため経済成長のみに沿った推移をしないのが通常である。従って消費者物価という一つの経済指標では説明できない程に他の要素の影響力が大変強いと考えられる。
(4)防災環境的要因
まず倒壊比率については倒壊比率が1%上昇すると地価下落が0.006472倍進むことになる。これは建物倒壊被害が大きい地域ほど地価下落が大きいことを示唆しており、震災による倒壊危険度の高い地域や倒壊の虞のある老朽化した建物の多い地域に対する対策が問題となる。次に、人口1人当たりの刑法認知件数について、人口1人当たりの刑法認知件数が1増加すると地価下落を0.057888倍進めることになる。これは震災後の治安の問題を考慮したものであり、実際に震災後の被災地では家財道具やたんす預金等の窃盗が相次いだことから震災後の治安の悪化を防ぐ事が問題となる。人口1人当たりの消防団員数(1995年)については震災後の放火等による2次的災害をも含めた火災に対する防災を重視することで地価下落を抑えられるという予想通りの正の相関がみられたが、10%有意水準においても有意な結果は得られなかった。
以上のことから震災復興をより効率化するためには公共事業等の地価を復帰させる政策及び防災等の地価下落を抑える政策という二面的な、より厚みのある復興対策が必要となってくることが言える。
Ⅴ.むすび
これまでの理論的考察・実証分析から読み取れたことから、今後のあるべき復興政策について行財政的・社会的・経済的・防災環境的な観点から考えることとする。
1. 行財政的な観点からアプローチ
“まち”の完成度というものを考えた場合に道路・鉄道等の交通インフラ、ガス・電気・上下水道等の生活インフラ、電話等の通信インフラ等の基礎基盤をはじめとし、教育・医療・福祉施設・警察・消防署・公共施設等の最低限の社会資本整備が施されることで“まち”としての居住性・利便性・生産性が高まり都市が形成される。従って、震災によりこれらの生活基盤が失われた場合に、政府は災害復旧事業として被害を受けた“まち”の社会資本整備に緊急に取り掛かる必要がある。但しその際に問題となるのは、政府主導による事業計画及びその実施である。新たな“まち”づくりではなく被災を受けた“まち”の復興であることを念頭に被災者の意見をも踏まえた計画策定を行うべきであって、実際に地域に根差した自治体・NPO団体等を復興計画策定会議に参加させることや常日頃から住民に対し都市計画に関する意見を広く募集したり、アンケート調査したりするなど具体的な策に踏み切った上での住民参加型復興政策を立てるべきである。こうした点を踏まえ、都市型大震災後の復興政策には社会資本整備への投資が復興上の最も大きな課題となるため“まち”の主役である住民の意思を考慮した慎重かつ早急な効率的復興を計画・実施すべきである。歳入の面に関しては、地方税割合に説明力が無かったことから、なんらかの税制面での優遇措置といった特例を除き、単に地方税を引き下げることが必ずしも復興に対して良い影響を与えるとは限らないことが考えられる。むしろ、地方交付税や国庫支出金等の国からの資金の使い道に関する説明責任を明確化し住民に分かりやすく情報公開を行えばより効率的な財源の配分が行われるのではないだろうか。
2.社会的・経済的な観点からのアプローチ
高齢化問題はこの先避けて通ることのできない問題であり、高齢化の進んだ地域で震災が起こった場合には“まち”の復興が遅れる事が予想される。そうした事態に対応するため、政府・地方公共団体はバリアフリー化など高齢者に住みよい“まち”づくりや福祉協議会等の設置、自治会レベルでの助け合いネットワークの構築を行い、震災後の復興が円滑に進む組織作りをしていくべきであると考える。また人口密度の高い地域、すなわち都市部においては震災による被害が大規模に及ぶために都市型地震の被害をいかに抑え“まち”の完成度を保つ強靭な“まち”づくりが求められる。
次に、経済的な観点からのアプローチを行うと、消費者物価指数からみた経済成長と地価推移には一般的な正の相関はないため、経済面のみに偏った復興ではなく、“まち”としての機能が最大限発揮される方向に向けた政策が求められていると考える。
3.防災環境的な観点からのアプローチ
倒壊比率の高い地域ほど地価下落が大きく“まち”が物質的にも機能的にも破壊されていることが分かる。従ってこうした被害の大きかった地域や地盤の硬さ等による倒壊危険度の高い地域については指定地域として耐震設計や地盤改良等の防災措置を促す規制及び支援策を盛り込んだ政策を立てるべきである。また、震災後の治安の問題については緊急策として震災後、被災地への警察官動員数を増やすことや仮設の駐在所を設置するなどして、秩序の乱れによる治安悪化を防ぐ必要がある。防火対策については有意な結果が出なかったが。こうした災害による地価下落を抑える効果を十分に発揮する防災政策をしっかりと行うことで、震災による社会秩序の乱れを是正し、被災者の恐怖心や不安感といった心理的な問題を和らげる事にも繋がり、人口移出にも歯止めがかかるのではないかと考える。
4.最後に
本稿では、阪神・淡路大震災という都市型大地震を取り上げて分析を行ってきたが、やはり都市部での地震は大規模な人的被害・物的被害を伴うため復旧から復興への一連の流れを綿密に詰め上げ、被災者の立場を踏まえた“まち”の再生が求められる。我々は復興という事業を地価という指標でもって評価してきた。そうした観点から復興政策を考察した場合、必要とされるのは資本化仮説に基づいた地価を押し上げる社会資本整備と地価の下落を抑える防災をはじめとする災害に強い“まち”づくりである。今後予期されている都市型大地震が起きた際の復興政策において、この両面からのアプローチが勘案され実行に移されるならば、被災地地価は安定した回復、つまりは“まち”の完成度の順調な回復につながるのではないかと我々は考える。
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