
第六回コンクール各部門主査の講評
言語部門主査の講評:
第六回全国日本語卒業論文コンクールに思うこと
『第六回中日友好中国大学生日本語卒業論文コンクール』の審査会は、今年は朝鮮民族の起源にゆかりのある土地辽宁省本溪市桓仁县で行われた。昨年、久しぶりの日本滞在研究で第五回の審査には参加できなかったが、今年はぜひ参加したい(その中で桓仁县には行ってみたいという気持ちもあるが)ということで、審査会議に出席できた。実は、この感想文ももっと早く提出すべきだったのだが(私はまだ締め切りより遅れたことがない)、なぜか審査会議での個人メモが見つからなくなり、多くのデータ(それも個人の審査に関わる重要なデータ)がなくなってしまったために、つい初めて締め切りよりだいぶ遅れてしまい、主催者側にお詫びの気持ちを申し上げたいと思う。
事務局によれば、今回の参加大学は、
1.中山大学外国語学院
2.広東外語外貿大学東方語言文化学院
3.北京外国語大学日語系
4.華南師範大学外国語語言文化学院
5.大連大学日本語言文化学院
6.南開大学外国語学院
7.遼寧師範大学外国語学院
8.河北大学外国語学院
9.遼寧大学外国語学院
10.西安交通大学外国語学院
11.山東大学威海分校翻訳学院
12.三江学院日語系
13.清華大学外語系
14.湖南大学外国語学院
15. 北京第二外国語学院日語系
16.北京大学外国語学院
17.東北財経大学国際商務外語学院
18.北京師範大学外国語言文学学院
19.大連民族学院外国語言文化学院
20.延辺大学外国語学院
21.東北師範大学外国語学院
22.大連理工大学外国語学院
23.天津外国語学院日語学院
24.吉林大学外国語学院
25.天津理工大学外国語学院
26.広西大学外国語学院(論文到着順)
と、以上の26大学だが、参加数から見れば、最も多い数でもなければ、特に少ないというわけでもない。ある意味では、参加数が徐々に安定してきたということも言えるかもしれない。
ところで、審査の結果から見れば、
☆最優秀論文指導賞:
言語部門:該当者無し
文学部門: 清華大学外語系・隽雪艳先生
文化・社会部門: 北京外国語大学日語系・黄菊花先生
☆最優秀論文賞(1等賞):
言語部門:該当者無し
文学部門: 清華大学外語系・龚岚さん
文化・社会部門: 北京外国語大学日語系・潘子瑞さん
☆優秀論文賞(2等賞):
言語部門: 延辺大学外国語学院・李錦淑さん、指導教師: 崔貞林先生
言語部門: 北京外国語大学日語系・馬錫蘭さん、指導教師: 朱京偉先生
文学部門: 西安交通大学外国語学院・王碧さん、指導教師: 北野昭彦先生
文化・社会部門: 北京第二外国語学院日語系・赵敬さん、指導教師: 侯越先生
☆優良論文賞(3等賞):
言語部門: 北京師範大学外国語言文学学院・钟惠妮さん、指導教師: 刘玲先生
文学部門: 山東大学威海分校翻訳学院・郑新超さん、指導教師: 孙玉林先生
文化・社会部門: 華南師範大学外国語語言文化学院・邢漪明さん、指導教師: 李婷先生
☆入選(佳作):
言語部門: 遼寧師範大学外国語学院・張琳さん、指導教師: 李宜氷先生
言語部門: 西安交通大学外国語学院・周杨さん、指導教師: 赵蔚青先生
言語部門: 大連理工大学外国語学院・任丽洁さん、指導教師: 高井曜子先生
文学部門: 南開大学外国語学院・司珊珊さん、指導教師: 南善先生
文学部門: 北京大学外国語学院・杨汀さん、指導教師: 李強先生
文化・社会部門: 中山大学外国語学院・孫敏さん、指導教師: 肖平先生
とあるように、最優秀論文賞(1等賞)に、言語部門は該当者無しという結果が示しているように、言語部門の審査委員としては、やはりさびしい思いをした。このコンクールを注目している皆さんや、審査などに関わっている審査員の皆さんもご存知のように、今までのコンクールでは、必ずといっていいほど、論文の応募数からいっても、最後の審査結果からいっても、いずれも言語部門が輝かしい結果を生み出しているのである。つまり、それだけ中国の大学日本語学科においては、言語部門を指導する教師陣の層が厚く、資料などもそろっていて、だからそのような結果がもたらされているのだと考えられる。しかし、今年の結果はやはり意外だった。
それは何故だろうか。審査が終わってから考えてみたのだが、以下に申し上げることは決して根拠があって申し上げているのではないが、可能性があることは考えられます。
ひとつは、最近各大学では、言葉だけの教育ではなく、やはり言葉のほかに何か専門的な知識を持った「複合型」人材を養成する方針を打ち出されたために、学生の興味もそちらに目をむけ、より優秀な学生は、日本語という言葉以外に何か専門的なものを求めようとして勉強したために、優秀な学生社会や文化のほうに集中したのではないか。
もう一つ、教師の側から見れば、今まで中国の各大学の日本語学科では、文化や社会などの専門を指導できる教師があまりいなかった。たとえいたとしても、専門的な訓練を受けたというより、自分の教育経験の中で多少ほかの先生より少し良く知っているだけで、授業担当や指導の立場に立たされた教師も少なくなかったかもしれない。しかし、近年になってから、海外から専門的に社会や文化、あるいは更に経済や政治を専門的に勉強し、博士号まで取得した若手教師がどんどん各大学に就職し、彼たちが教壇に立ち、また論文指導に当たると、当然今までとぜんぜん違う教育結果をもたらされるに違いない。
更にもうひとつの要因は図書資料である。今までは、多くの学生はほかの専門で何か論文を書こうとすると、ほとんどそのような関連資料が見つからなかった。しかし、近年来国内の関連資料の増加により、かなり最新の資料が見つかるようになってきた(もちろん地方によってはまだ資料に困っているところはまだ決して少なくはないが)。そして、その中で大きな役割を果たしているのは、なんといってもやはり北京日本学研究センターの図書館をあげなければならない。
北京日本学研究センターの図書館は現在、日本研究に関わる各分野にわたる14万冊あまりの中国語・日本語の書籍を収蔵しており、読者の勉強と研究のために機能している。また、高崎文庫、孫平化文庫、小孫文庫、徳川文庫、大平文庫、野村文庫、松村文庫など中日両国の友好民間人士の寄贈による友好文庫も設けてある。そして、新聞が10種類以上、雑誌が180種類にも達している。各学科の代表的な図書と基本文献を収蔵し、高度な専門性と学術性を備えており、現在の中国において日本語の専門的な図書館として、書籍の種類が最も多く、内容がもっとも豊富な、そして最も影響力のある日本学図書資料センターとなっている、図書館には、コンピューター管理システムと図書情報検索システムが設置され、中国全土をカバーする日本学研究の重要な情報基地となっているのである。センターの図書館は、全中国の大学、研究機関、日本学界に開放し、読者に勉強、研究の場と閲覧、借覧、資料複写などのサービスを提供している。
以上、学生、教師、図書資料の三つの面から、今回のコンテストの審査結果に現れた変化について感想を述べたのだが、前に触れたように、今回の言語部門に最優秀賞の該当者がなかった代わりに、今回始めて設定した「入選(佳作)」には、言語部門から2本が選ばれたことはやはり嬉しいことである。つまり、以上に申し上げた学科の変化の中で、やはり言語を中心に勉強する学生や指導の教師としては、まだ底辺の層が非常に厚いということを物語っているのであろう。日本学研究の発展の中で、日本語学習と日本語研究そのものはやはり非常に重要なウエートを示しているということを忘れていはいけないのである。
いずれにしても、中国における日本語教育、日本語研究とそれと関連した日本学研究の状況は日増しに発展し、常に変化している。幸い、このコンクールの主催者側としても、来年の第七回をめどに、論文指導と作成に関連したシンポジウムを開催する計画を持ち出している。何回かこのコンクールの審査に関わった一員として、来年のシンポジウムの多大な成果を期待しつつ、この感想文の締めくくりにしたいと思う。
(北京日本学研究センター 徐一平)
文学部門主査の講評:
今回審査した論文は、45本ある。その論文の中、文学関係の論文は、四分の一強を占め、12本である。量的には、そう多くはないが、語学関係の論文よりちょっと多いのは、聊か心強い。12本の中、古典文学に関するものは5本であり、現代文学に関するものも、5本であるが、いわゆる通俗文学に関するものは、2本もある。そこから、中国の出版事情と大学生の関心事が分かるのではないか。通俗文学を研究の対象とするのは、結構であるが、日本文学全般についての理解が必要であり、テクストに関する深い読みが基本である。
文学関係の論文に限ってみると、今回は、前回より結構進歩したと言えよう。進歩したというのは、論文の形式が整っていること、視点を新しくしようとする意欲が見られることを意味する。学部生の卒論は、まず論文らしいものでなければならないと、前に何回も申したことがあるが、つまり随筆のようなもの、読後感のようなものであってはいけないと言いたかったのである。論文ならば、論文のスタイルを持つべきである。要旨、キーワード、タイトル、目録、先行研究の整理、本文の議論、注釈、参考文献といったようなものがなくてはならない。論文の形式が整っているというのは、今回のどの論文も、こういう論文の基本を守っているということを指すのである。無論のことであるが、論文の形式が整っているだけでは、素晴らしい論文にはならない。何を書くか、どのように書くかが大事である。今回の論文を読むと、古典を論ずるもの、現代文学を考えるもの、作家研究、作品研究、比較研究と、いろいろあるが、どの論文からも、新しい視点を持って日本文学を考察しようという試みが覗え、素晴らしいことである。この二点については、引き続き努力してもらいたいものである。
全部ではないが、共通した欠点は、幾つかある。すこし触れてみることにしよう。その一は、先行研究の考察は十分に行なわれていず、ずさんである。その二は、テクストの精読を大事にしていず、不足である。その三は、日本語の文献の利用は、不十分である。勿論、これらの問題点は、決して論文作者個人によるものだけではない。大学の図書事情の問題もあろうし、指導教官の問題もあろう。しかし、努力すれば、改善できないことではないと思われる。これから努力していただきたい。きっともっと素晴らしい論文が期待できる。
(北京大学 于栄勝)
文化社会部門主査の講評:
審査員所感
第六回日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクールも成功裏に終わりました。ここに改めて、長年来中国における日本語教育の発展をご支援くださった日中友好市民クラブ理事長小野寺健先生及びコンクールの事務的な仕事をしてくださった南開大学と遼寧省桓仁県の皆様方に厚く御礼申し上げます。また、入賞した学生とその指導先生に祝賀の意を表します。
前回と同じく、私はやはり「文化社会部門」の論文審査を担当することになっていたが、何分、論文の本数が多いし、審査員の専攻分野を考慮して、まず
経済関係の論文を主に南開大学の楊棟梁先生と北京外国語大学の丁紅衛先生にお読みいただき、小野寺健先生と私は、文化社会関係の論文を読みました。各自採点した後、意見交換をして、順位を決めたわけです。
論文審査を通して、大変勉強になり、いろいろと考えさせられました。次に、所感として、二点述べてみたいです。
1.論文の内容から見ると、前回にもまして、「文化社会部門」の論文が多くなってきました。これは日本語教育のニーズの多様化の現れの一つではないかと思います。今回は26大学から、45本の論文が寄せられてきたが、そのうち、文化社会関係の論文は23本もあり、全体の50%強を占めております。しかも、論文のテーマが社会、政治、経済、歴史、法律、教育など、広範囲、多分野に及んでいます。
中国における日本語教育の歴史を振り返ってみれば、長い間「語学」と「文学」が中心でしたが、ここ十数年来、状況が少しずつ変わってきました。雑誌『人民中国』のアンケート調査によると、「就職のために日本語を学び、将来日系企業に入りたい学生がとっとも多い」ということです。すなわち、学習者のニーズが、研究志向より段々実務志向に移り変わっています。
8年ほど前に上海外国語大学の日本語学部が「日本文化経済学院」に改称されたことは、まさにこのような時代変化の象徴的な出来事だと言えましょう。しかし、残念なことに、多くの大学は未だにこの時代変化には迅速に反応していないようです。今度論文審査段階でつくづく感じたことですが、全体から見ると、論文の完成度が年々高くなってきたが、部分的な現象かも知れないが、参考資料不足と教師指導不十分が否めない事実でしょう。したがって、学習者のニーズに応え、「文化社会部門」の卒業論文の「質」を確実に高めるためには、早急に専門の教師と資料を増す必要があると思われます。当然ながら、国の教育管理部門としては、一日でも早く学部生段階における「日本文化社会教育の指導要領」を作らなければならないでしょう。
2.論文の形式と書き方にも改善すべきところが多く残っています。私が審査した論文の中では、半数近くのものは「先行研究」の項目がなく、参考文献を引用したにもかかわらず、はっきりと明示されていません。論文を書く時のもっとも基本的なマナーとして、先行研究の成果と自分の意見をはっきり区別する必要があると思われます。正直に言うと、先行研究の成果を徹底的に調べないと、新しい発見が得られません。先行研究の成果を自分の意見と「ごちゃ混ぜ」すると、「盗作」と疑われてもしかたがないでしょう。このことは、何も学生側だけの問題ではなくて、指導教師側にも大きな責任があると思われます。この前、本屋である大学の先生が編集した論文の書き方に関する教材を見つけたが、その中にモデルとして紹介された3本の「優秀な卒業論文」は、いずれも「先行研究」の項目がないようである。話によれば、参考文献が少ないし、就職活動にも時間がかかるので、一部の卒業生がやむをえず他人の成果を「借用」してしまうということですが、いくら事情があって、このようなモラルに反することはぜひ止めてほしいです。
また、論文の構成については、必ずこうでなければいけないという決まりはないが、基本的には「要旨」(できれば、中日両語で書く)、「キーワード」、「目次」、「序章」(はじめに)、「終章」(おわりに)、「注釈」、「参考文献リスト」等の項目を揃える必要があると思われます。
最後に、願いとしてはもっと多くの大学に積極的この「卒業論文コンクール」に参加してほしいです。「中国日本語教学研究会」としても、二百数十もの会員校に大々的に呼び掛ける必要があるでしょう。
(遼寧師範大学 曲維)