日本語における外来語の増加と原因の分析
論文構成:
はじめに
1.研究背景
2.問題意識
本論
1. 外来語とは
2. 外来語の現状
3.外来語の急増と原因
(1)必要性
(2)国際化、情報化に伴う
(3)専門性
(4)マスコミの作用
4.外来語への意識とその問題
おわりに
はじめに
1.研究背景
日本語の語彙は、その出自から和語.漢語.外来語の3種に分類されている。外来語とは、外国語の言語から借りてきた言葉を指し、日本語における借用語のうち、漢語とそれ以前の借用語を除いたものである。主に西洋諸言語からの借用であり、洋語とも呼ばれる。またカタカナで表記することが多いことからカタカナ語とも呼ばれる。日本語の中に英語から作られた和製英語もある。日本語は外来語の多い言語だと言われている。現代の日本語について、多くの人に共通した素朴な印象として、外来語の氾濫ということがある。「氾濫」という言葉によく表れているように、外来語が一定の限度や許容量を超えてあふれ出し、結果として好ましくない状況を招いているという危機意識がある。新しい外来語が増え続け、外来語の多用が意思疎通に支障してきた。外来語の氾濫問題は、長い間論議を呼んでいる。またお年寄りなどにとって意味がつかめないなどの社会問題となっている。
2.問題意識
世界中、どの国家の言語もその成長の過程で、外来語の影響は少とも受けている。日本語は、古来深く外来語の影響を受けて、今外来語はすでに日本語には欠かせないの部分になっている。特に第二次世界大戦後、科学技術の発展と国際交流が日々に頻繁になるにつれて、外来語は日本の日常生活の各方面で聞くことができる。日本語における外来語はきわめて目立つので、しかも独特な構成、用法があるのである。当初の外来語の取り入れ方は簡単で、しかも単純であったが、後になって、或いは使われているうちに、だんだん変化が生じ。発音、語形、意味、用法などの面において原語との間にずれが見られるようになり、複雑な様相を呈しているようになった。このように、外来語が日本に流入した結果、日本語と社会へ与える影響が大きい。本論文は日本語における外来語の増加とその原因を分析し、その問題点を指摘することにする。
本論
1.外来語とは
中国語から入った漢語も本来は外来語であるが、日本では主としてヨーロッパ語から入ったものをいう。また、外来語は借用語の一種である。それは外国語に違いないが、その民族の言語に溶け込み、それを構成する一部となっている。日本語の外来語は2種に大別できる。ひとつは漢語を含む東方系のものであり、もうひとつは西方系のものである注1)。歴史的にいって日本に対する漢語の影響は絶大なものであった。近代に至ってやや薄れたとはいえ過去にはそれぞれの時代に、日本は大量の漢語語彙を借用しただけでなく、漢字そのものを借用して言葉を記す道具としていたのである。そして、外来語は、元の外国語から国語に取り入れられるとき、国語の構造に合わせて、発音や語形、意味用法に変化が生じ、国語化するのが普通である。
外国語に借用された日本語の単語は、江戸时代にオランダ語から入ってきたガラスなどがある。しかし、本格的に西洋語が日本に入ってきたのは明治維新以降である明治維新後はヨーロッパの近代社会制度をはじめ近代科学を摂取すべく新たな外来語が急増していく。江戸時代にすでに普及していた翻訳語は引き続き漢字に片仮名ルビを添えた形で書かれていたが、文明開化とともに輸入された洋語は大量で、翻訳語作成の対応に追いつけず、片仮名音訳で書かれるようになる。各分野それぞれにおいてドイツ、イギリス、アメリカの3国を中心に、次いでフランスからの技术輸入が多かった。例えば、鉄道用語はイギリス英語、哲学、医学用語はドイツ語、服飾・美容、芸術用語はフランス語、音楽などの分野がイタリア語に偏在する。
外来語の急増は大正末期から昭和 10 年代にかけてさらに拍車をかけた。「モダンガール、モダンボーイ」ということばが流行り、庶民は「モダン語」を通じて欧米文化への興味関心が高まっていく。当時作られた外来語辞典の見出し語はすべて片仮名で書かれていくことから、外来語を片仮名で書く方法が定着していく。外来語の受け入れ時期を特徴別、外国語別に分類されているが表1に参考できる注1)。現在、外来語の大部分は英語からきたもので、英語系の外来語は現代の外来語の80%以上を占め、分野的にも偏りなく広く用いられている。
表1
2. 外来語の現状
次に「カタカナ語」の特徴、現状について考察しよう。一般的に外来語がカタカナ語表記されたものである。日常生活で外来語はファッション、美容、スポーツをはじめ多くの分野に浸透しており、外国の文化と接触した結果、現在の文化が生まれたと言える。外来語を積極的に取り入れることにより、私達の生活は豊かになった。外来語の氾濫なしに現在の外来語の基盤はできていなかったと言える。しかし、以下の特徴を見られている。外来語には、まるで英語のように使用されている和製英語(例えばサラリーマン)。本来の語を省略して使用される略語(例えばパソコン、ハイテク)などがある。外来語のように扱われている和製英語の使用が、外国語理解の妨げとなっている。書き言葉の中の外来語は、ひらがなとは異なり、意思表示やあか抜けたイメージを与えるものである。そのために、広告をはじめメディアで多く外来語が使用されている。しかし、辞書にも掲載されていない、意味が不明確な外来語、例えば「デフレーター」などの語が多用されるという問題がある。この問題は日本語理解における危険性を含んでいるので、現在無視できない問題となっている。
外国語の語彙を使用して、日本の豊かな生活と地域社会や国際交流の促進に役割をしている。外国語と日本の社会の発展は非常に大きな作用があると考える。 しかし同時に、外国の言葉の数、また、多くの副作用をもたらしている。まず、人々の日常生活のあらゆる種類の不便をもたらす。日本人は現在、一部の人々が外国語での増加の結果として、彼らの母国語消えると思う。日本語の伝統的な文化を懸念している。さらに国際化と言われる時代の中で、外来語を使えば、国際的であるという思いがあり、現在日本では外来語が溢れているのである。この外来語が日本語を学ぶ外国人にとって、それは外国人が日本語で話そうとしているのに、日本人が英語のつもりで外来語を使うので、かえって 外国人を惑わせており、日本人の外来語の使用は、新しい学習上の困難を作り出している。日本は以前に増して欧米化されてきたと身にしみるほど思わされた。食べ物にしても、家具にしても、以前よりも欧米化されてきたと感じたが、特に外来語の増加に驚いている。
3.外来語の急増と原因
外来語は特定の分野に偏る傾向があることも確認され、10年の間に外来語の異なり語数と外来語の占める割合も増えていることがわかる。それぞれの民族の中に外来語があるのは決して日本語だけの特殊な現象ではない。ヨーロッパの各民族言語には、いずれも大量の外国語が入っているし、もちろんアジア諸国にもそのような現象は見られる。そしてその成り立ちにはそれぞれの歴史的、社会的原因がある。しかしそれにしてもどうして日本は外来語が多いのだろうかその原因を以下に指摘していきたい。
(1)必要性
幕末から明治時代に近代化を目指して外国語を精力的に翻訳し、新しい複合語を続々と生み出すと同時に、既存の語に置き換えられないものは音訳され、片仮名で表記される外来語が生まれてきた。しかし、大量の新しい翻訳語は漢字が多く、庶民にとっては負担であったことから、大正時代になると読み書きが容易な片仮名表記の外来語が受容されるようになる。外来語のうねりは戦時中は意図的に排除されるが、戦後、英語教育の普及に伴って、英語から取り入れた外来語が急激に増え、英語知識の有無によって人々の理解度に差をもたらすようになる。日本が高度経済成長の波に乗るのに合わせて、マスコミ先導で外来語の津波時代を迎える。50年代に登場した「外来語の乱用」批判は、60年代には「外来語の洪水」になり、70年代には「外来語の氾濫」という非難の強い表現に変化していく。
それは、ある民族が他民族の言語に触れたとき、自分たちの言語に訳せる適当な言葉が見つからなかったり、訳してもぴったりとこない場合そのまま外来語を借用することがよくある。明治維新の前にせよ、後にせよ日本が欧州諸国から大量の言葉を取り入れたのは、このような客観的必要性があるからといえる。もちろん明治のはじめ、新しい概念、事物を表現するために、当時の学者たちは漢語の形式を用いて多くの新語を作っている、例えば汽車、洋服、公園、電報、商業、芸術、分析などがそれだが、漢語と形式を用いるだけでは間に合わなくなってきたばかりか、同音の言葉が増えて聞き分けにくくなってしまった。そのためこのようなことから起こる混乱、不便さを避けるために外来語も導入された。そしてそれを容易にしているのがカタカナという独特の日本語表記法そのものである。原語の音声を可能なかぎり取り入れながら日本語化し、しかもカタカナ表記を見ただけで、外来の言葉という異質性を感じることができる。適当な日本語が見つからないなら、そのまま「カタカナ」にしておけば、外国がごく自然に日本の中に溶け込むわけで、訳出の手間を省く機能をもつ。そして、新し物好きの国民性は外来語を通して新しい社会変化を敏感にキャッチしているのである。日本ではこのように外来語を抑止させることは非常に困難である。なぜなら、現代の日常生活のあらゆる生活方面は外来語が組み込まれてしまっているのである。
(2)国際化、情報化に伴う
日本が高度経済成長を遂げ、国際社会へ踊り出すと、欧米の豊かなモノ・コトからの摂取は目覚しく、それらは片仮名表記で紹介されたことから、外来語が「カタカナ語」と呼ばれるようになる。21世紀に入って外来語の増加は驚くほどであるが、それには社会的理由があると思われる。近年では、外国との間の人・物・情報の交流の増大や、諸分野における国際化の進展等に伴い、日本語の中での外来語・外国語の使用が目立って増大しており、一般の人々にとって覚え切れないほどに新しい語が次々に出現する、専門領域で使われていた語がそのまま一般社会に流出する、白書・広報紙等の公的な文書や多くの人を対象とする新聞・放送等にも目新しい外来語・外国語が出現する。まず考えられるのは、ボーダレス時代の情報通信網の発達である。全世界的に広がるインターネットの共通語が英語だという現状は、怒涛のような英語の流入を余儀なくさせている。その昔、脱亜論を展開し、西欧を文明、アジアを未開野蛮とみて、アジアを排し、西欧近代文明を積極的に摂取し、西洋列強と同様の道を選択すべきだとの主張がなされたが、そんな潮流が今もなお根強く残っているのかもしれない。
日本において、世界はグローバル化しているという意識が広まるとともに、国際語としての英語が重要視されてきており、それは英語を使える日本人を育成するという日本の国家政策にも表われている。外来語の使用に、国際語としての英語を使用しているという考えが混じっているかもしれない。80年代になると「国際人」をキーワードに、専門的な外来語が広く一般市民に向かって日常的に使われだし、人々のコミュニケーションに支障を来すようになる。しかも、勢いを増した新しい外来語に対応できる国語辞典がないことから、社会に応じた外来語辞典の需要が高まっていく。そして、バブル期には多くの辞書名が『外来語辞典』から『カタカナ語辞典』へ変わり、さまざまな分野の専門用語を掲載した辞書が次々と刊行されていく。国語辞典の外来語含有率は 1889年の『言海』では 1.4%にすぎなかったが、1972年の『新明解国語辞典』では 7.8%に増え、90 年代後半以降に発行された一般的な国語辞典には外来語が全体の 1割以上にまで割かれるようになる。加えて、刻々と変化する社会情勢を反映して『現代用語の基礎知識』等の時事解説書は毎年カタカナ語を追加整理した別刷が編集されるようになる。
情報化時代では迅速に情報を獲得し、処理できるかが成功を左右することになるかをさまざまな研究者が説いている。そして、英語が事実上、国際共通語としての地位を獲得し、その情報獲得には欠かせなくなっていることも知っている。だからこそ、英語の苦手な日本人にとって、外来語は手軽に外国の情報・知識を得ることができる道具として欠かせないのである。
(3)専門性
外来語には同時に、異質性と斬新な響きを併せ持つ語感があり、しかも専門性を感じさせるところから、それは専門家というステータスの顕示のために使われることもある。日本の知識分子の中には、習い覚えた英語・フランス語の語彙を、そのまま日本語に交ぜて使いたがるという傾向がある。外来語の増加を「日本人が外来の事物に対して旺盛な好奇心を持っていることの表れである。それによって並の者とはとは違うということを誇示しようとするものもある。また国際化の進展や新技術の開発と専門技術の国際上の交流などに伴って,新しい概念やニュアンスの提示など,外来語・外国語を使用せざるを得ない面がある。科学の進歩につれて、科学専門用語も多くなった。調査によると、外来語は半分以上に占めるという。日本は他国より速く専門な文化、技術を注目し、その外来語の利用もより早く取り入れる。このようにして、本来使わなくてもよい外来語が使われるという現象は外来語増加の一因となっているのである。外来語は専門分野に多いことから、専門分野の外来語が一般化することで、生活知識が向上し、人間の知的好奇心を満たしていくことが肯定されるべきである。
(4)マスコミの作用
日本の新聞、テレビの普及率は非常に高く、その影響力は計り知れない。新語が生まれて新聞雑誌、テレビ・ラジオでひとたび使われるとたちまち伝播していくのである注3)。おおまかな統計によると、新聞記事の中で外来語は約10%を占めるが、テレビ・ラジオで使われる外来語の比重はもっと大きい。テレビの番組名を見るだけでもそれは明らかである。雑誌の名前も外来語だらけで、むしろそれを使わないものを探す方が大変かもしれない程である。
外来語をよく使う広告の影響もある。広告・宣伝などの商業語では、外来語を用いることによって新しさやあいまいな肯定的イメージを出して消費者を引きこむ手法をとっている。これは外来語に新鮮さが薄れたため、より新しい印象や刺激を与えるために用いられている。日本の企業、特に化粧品、医薬品、家電関係などの企業はその外来語が一般に知られていようがいまいが好んでよく使う。日本人にあまり知られていない外国語を使うことで消費者に強く印象づけ、その商品を際だたせることがその理由のひとつである。また一般的な日本人の傾向に、もしその言葉が誰もが知っていないものであると高尚で優雅で、権威もしくは威厳を感じるらしい。企業の経営者はこうした人々の心理を利用して、ますます派手に外来語を使うのである。
それほど庶民の日常生活に不必要な外来語使用もファッションのようにあふれた。外来語が全く使用されていない時代劇や小学校向けの教育番組、株式ニュース、相撲中継などがある反面、F-1レースの実況中継では外来語が25.8%、アイドルが登場する音楽番組は 25.7%、マラソン中継が 24.1%、そしてファッション番組は23.2%と際立っていることから、番組のジャンルによって使用率に差があることが報告されている。マスコミから社会、人々への影響が大きいがわかる。
3.外来語への意識とその問題
日本文化庁の世論調査では、今以上に外来語や外国語が増えることについて、「多少は増えてもよい」が44.8%と最も高く、以下、「今以上には、増えない方がよい(30.4%)」、「いくら増えてもよい(13.1%)」、「減る方がよい(6.6%)」、「分からない(5.0%)」と続いている注4)。外来語の増加に対しては、それほど抵抗を感じていない人が多く、特に若い世代には増加容認の割合が高いという結果が出ている。しかし、次のような観点から、日本語の中での外来語・外国語の過度の使用については何らかの歯止めが必要であるとする声も上がっている。社会的なコミュニケーションや国際化時代の日本語の在り方から見た外来語・外国語増加に伴う問題点としては、以下のようなものが挙げられる。①日本語によるコミュニケーションを阻害し、社会的な情報の共有を妨げるおそれがある。外来語が理解できないため、情報を受け取れない人が生じる。②世代間コミュニケーションの障害となる。特に高齢者にとって、外来語の意味が分からなくて困ることが多い。③日本語の表現をあいまいにする。表意文字の漢字で書かれた漢語と違って概念がつかみにくい。また意味のあいまいな語の使用により、全体が明快で論理的な表現にならなくなる。日本語を乱すだけではなく、外国人の日本語学習にとっても障害となる注5)。④日本人の外国語習得の障害となる注6)。原語の意味から外れた外来語や和製語は、外国語としては通用しない。
以上を考え合わせると、同じような言葉が日本語にあるにもかかわらず、外来語を使うのは日本語の軽視につながり、 社会的なコミュニケーションを阻害し、ひいては日本語が有する伝達機能そのものを弱め、日本語の伝統を崩すことになる。すでに日本国語審議会は、日本語による社会的なコミュニケーションが今後一層適切に実現されるとともに、これからの日本語が国際化時代にふさわしい平明・的確な伝達の機能を一層十分に備えていくべきであるという認識に立っている。その意味で、読み手や聞き手の理解に対する配慮を欠いた外来語・外国語の使用や、不必要に表現をあいまいにするような外来語の使用は望ましくないと考える注7)。更に言えば、高度で豊かな学術や文化を創造し得る日本人にとっても世界の人々にとっても魅力的で価値ある日本語を作り出していくという観点からも、意味をあいまいにしたままの言葉が多用されることは望ましくないと考える。
そのため、日本国立国語研究所は、分かりにくい外来語の言い換え例を発表した。「公共性の強い場で使われていながら、一般への定着が不十分で分かりにくい外来語」を「分かりやすく言い換える」という下に、幾つかの例を示す(表2)。日本国立国語研究所の外来語言い換え提案はその名の通り、日本語での表現を模索・提案している。
アナリスト 分析家、分析専門家
インパクト 衝撃、影響
アクセス ①接続、接近、参入する ②交通手段、到達手段
ガイドライン 指針、指標、手引
ケア 介護、看護、手当て、手入れ
コンセンサス 同意
シェア ①占有率、市場占有率 ②分け合い、共有(する)
シフト 移行、切り替え(する)
セキュリティー 安全性、安全対策、保安
ディーサービス 日帰り介護
デリバリー 配達、宅配
メンタルヘルス 心の健康
ライフライン 生命線
表2注8)
おわりに
以上は特に90年代以来日本語の外来語の増加とその原因を分析し、考察してきた。一つの文化・言語が、他の文化・言語に接触したとき、受容する人々は接触文化・言語を評価しながら借用し、その社会に変化をもたらす。借用には十分な社会的あるいは文化的理由が存在しており、借用されるものには何らかの機能が備わっている。文化の定説は高いところから低いところへと流れていくことを考えると、外来語もその流れに乗って受入れられていることになる。日本における外国語の増加は、外国の文化、日本国外の先進文化を導入してくる意味をしており、自分の言語とその国の文化の発展を寄与する。これは外国語は、新しい世界を開くことが鍵だと考えている。
一方、外来語が日本人の言語生活を豊かにするもの同時に、また日本語の純粋性と社会の伝統を大切に思う必要がある、外来語の安易な使用は和語・漢語の軽視につながり、歴史の中で築かれ磨かれてきた日本語の機能や美しさが損なわれ,伝統的な日本語の良さが見失われるおそれもあると言える。これから日本語が外来語に対して選別、あるいは導入ルールが必要であると思われている。同時に外来語の管理には社会、政治、経済など言語以外の要素が複雑に絡まってくることの難しさを改めて考えさせられる。
注釈:
1)鈴木俊二「接触言語学からみた日本語の外来語」国際短期大学紀要12 P22 1997
2)鈴木俊二「日本における「外来語」観の変遷」 国際短期大学紀要14 P27 1999
3)松田梨江「外来語の変遷:新聞記事における外来語とカタカナ表記語」東京女子大学言語文化研究16 P132 2007
4)文化庁 第20期国語審議会「新しい時代に応じた国語施策について」
5)陣内正敬「日本語学習者のカタカナ語意識とカタカナ語教育」言語と文化11 P60 2008
6)大島 希巳江「外来語研究の一考察:英語教育との関わり」国際基督教大学学報, 教育研究45 P151 2003
7)宮本 佳美「外来語「言い換え」提案に関する一考察」journal, comparative studies of language and culture 2 P101 2004
8) 日本国立国語研究所 http://www.kokken.go.jp/gairaigo/Teian1_4/iikaegotou_dic.html
参考文献:
[1] 金田春彦『日本語概説』 北京大学出版社 2004
[2] 張丽颖 「外来語対未来日語的影响」 『日語学習与研究』2期 2002
[3] 闫志章 「語言文化与日語外来語的発展趋势」『内蒙古農業大学学報』第3期2006
[4] 蔡忠良、周晓冰 「浅谈日語外来語形成的原因及其影响」『绵阳師範学院学報』7 2008
[5] 王玉英 「从日語外来語的吸收看日本文化」『長春理工大学学報』第4期第15卷 2002
[6] 鄭成 「試析日語外来語与日本的社会心理」 『日語学習与研究』(4) 2001
[7] 張兵 「日語外来語浅析」 『日語雑誌』 8期2002
[8] 松田梨江「外来語の変遷:新聞記事における外来語とカタカナ表記語」東京女子大学言語文化研究 16 2007
[9] 松浦明「カタカナ外来語研究」語学教育研究論叢23 2006
[10] 鈴木俊二「日本語の中の外来語の研究動向:研究方法と文献目録」国際短期大学紀要 15 2000
[11] 鈴木俊二「日本における外来語政策:その歴史と現在」 国際短期大学紀要 19 2004
[12] 山田学「日本語中のカタカナ表現について」 大阪教育大学紀要 第48巻第2号 2000